三万年の匠 -魅-

露草四朗

プロジェクト

CONTENTS

天草四郎をモチーフに露草四朗は生まれました。

彼の冒険譚、絵、そして珠玉の音楽を楽しんで頂けると嬉しいです。

設定から練り込んだ、魅力的なヤツ。

character

露草四朗

セレナ

もっと知りたい、露草四朗のおはなし。

Story

 悲しい声が聞こえる。
 むせび泣く声が聞こえる。
 我らが何をしたのだと、ここまでされなければならないのかと、問う声が聞こえる。
 ……そのような声は、無視出来ぬ。

「もはや松倉の重税に耐えうるほどの村民は一人もおらぬ! 悪天候に次ぐ悪天候にも拘らず、領主は酌量を欠片も考えておらん!!」
「分かっておる。だからこうして集まったのだ。そう声を荒げるな」

 不満を抱える領民達の意思を汲み取った旧有馬氏の家臣たち。
 その者たちに連れられ、私は湯島という島へと赴いていた。
 行われていることは一揆の企てに他ならず、それが漏れては自分の身が危なくなるゆえのこの島での会談であった。

「右を向いても左を向いても苦しむ領民。切支丹の迫害は日々苛烈になっていき、棄教する者は多い」
「今我らが立ち上がったとて、果たして何人がついてきてくれるか……」

 そんな言葉が聞こえてきたとき、何人かの視線が私に注がれる。
 ……だろうな。そのために私は連れてこられたのだろう。

「私が声をかけよう。切支丹の迫害に耐えかね、やむを得ず棄教した者たちは呼びかけに応えてくれるだろう」
「四郎殿……そう言ってくださるか」
「元より藩主松倉氏の重税にも頭を悩ませていた。圧政に苦しむもの、切支丹の迫害を許せぬものが集まれば、必ずや現状の打破が出来よう」

 そう私が強く言えば、みなが一様に頷く。

「そもそもの重税の原因は、松倉がその身に合わぬ巨大な城を建城しようとしたことにある。此度の一揆の目標は、この諸悪の根源である松倉氏の切腹、並びに貧困者への救済。さらには禁教令下ではあるが有馬氏は我ら切支丹側だったことを踏まえ、特例による切支丹の認可でどうだろう?」

 目的のない一揆は、それはただの暴動である。
 こうして目的を、要求を決め、その為に動くことで、暴徒は組織へと変化する。

「些か要求が多い気もしまするが……」
「無論全てが通るとは思っておらぬ。だが、初めから最低目標を提示していては、足元を見られる可能性がある」
「なるほど……」
「さらに、こうして要求を多くしておけば、ここまでならば……、と譲歩を引き出せるやもしれぬ」
「そこまで考えて……」

 藩主の圧政という大義名分は十分。さらにそこに、目指すべき要求も明示されたとあれば、我らに呼応する者たちは必ず現れる。
 ……問題は、

「あとは――いつ決起するか、ということですな」
「然り。バラバラに蜂起しても個別に潰されるだけ。なるべく足並みを揃えねばならん」

 そう決起の時である。
 なるだけ一斉に、大規模に事を起こす必要がある。

「まずは一揆を起こすという事を広めてからでしょうな。そして、時を見て一斉蜂起、と」
「広げるのはよいが藩主の耳に入れば面倒だぞ? それを考えると蜂起の直前に流すほうが良いと思える」
「すでに領民の不満は爆発寸前。もはや日時はあまり関係ありますまい」
「では三日後。三日後に蜂起と決め、それまでにこの事を広めておきましょう」

 全員が静かに顔を合わせて頷き、これまた静かに島から離れていく。
 ここからは、どれほど広くにこの話を広められるか。
 そして、どれほどの人数をこちらに応えさせるか、という事にかかっている。
 ここをしくじれば、我らの……そして、苦しむ人々の生活が改善されることはない。

「では四郎様、戻りましょう」
「あぁ……」

 私を連れてきた右衛門作に促され、船に乗る。
 だが、今の生返事をしっかりと指摘されてしまった。

「心配ですか?」
「……もちろんだ。私は、持て囃されてはいるが、それは周りが勝手にやっているだけ。私自身が凄いという事ではない……」
「今はまだ弱音を吐かれるがよろしい。ですが、三日後には気丈に振舞って貰わねばなりません。例え、どのような状況になろうとも、です」
「分かっている」

 先ほどの会談の流れ。
 あれ自体、この右衛門作が作り出したものだった。
 あれこれと悩むフリをして、自分の考えを通す。
 会談前にあらかじめ右衛門作から話されていたことだったが、その事を聞いていなければ、私も右衛門作の想定通りになっているとは知りえなかっただろう。

「私はこのまま四郎様を送り、天草の方へと向かいます」
「そちらにも、呼応する者たちが居るのだったな」
「左様。島原で決起後、追って天草で決起。四郎様は島原決起後は速やかに天草に来ていただきたい」
「何かあるのか?」
「島原の城よりは天草の富岡城の方が落城させやすくございます。その為、攻城するときには四郎殿に指揮していただきたいのです」

 一揆軍として城を落とせば、より呼応させやすくなる、か。
 右衛門作の策はどこまでも現実主義であるな。

「相分かった。島原で決起後、速やかに天草へ渡って来よう。……して、その先は?」
「その先はまだどうなるかは分かりませぬ。相手の出方次第と言ったところ。……しかし、どんな状況の時はどうするという策は、先ほどの会談に顔を出した者には託してありまする。きっと、うまく動いてくれるかと」
「であるか。お主が側にいることがなんとも心強いことよ」
「滅相もございませぬ。拙者はただ絵を描くことしか出来ませぬ。さ、四郎様、着きましたぞ。足元にお気をつけて」

 船が到着したらしく、私は促されるまま陸に降りる。
 それにしても冷えるな。

「では三日後、この場所に参るぞ」
「必ずやお迎えいたします。ご武運を」

 そう言うと右衛門作は船を回して天草へと進み始める。
 ……あと三日。出来る限りの準備を行い、心して挑まねば――。

 三日後、予定していたとはいえ、一揆は意外な形で幕を開ける。
 庄屋である与左衛門の妻が、税の支払いが出来ないことに対する人質として水牢に捕らえられ。
 身重であった彼女はそこで子を出産。しかし、もはやどう絞っても税の捻出は出来ず、母子共々水牢にて絶命。
 これに怒り狂った村民と、それを扇動した旧有馬氏家臣の有家時次達によって代官所が襲撃され、代官を殺害。
 この事が周囲に知らせられ、ほぼ時を同じくして周辺の村で相次いで決起。
 当然私も名乗りを上げ、決起した者たちの旗印となる。

「此度の根源は藩主松倉にある! 皆の者! 狙いは島原城!! 我らが怨敵は島原城にあり!!!」

 手に用意されていた御幣を持ち、それを采配の如く振るって標とする。
 その私の言葉に、決起した者たちから怒号のような声が響き――進む。
 狙いは宣言通りに島原城。もちろん、そう容易く落とせるとは思っていない。
 右衛門作も、島原城よりは富岡城の方が落としやすいと言っていたしな。

「報告! 深江村付近にて討伐隊と思しき集団を確認!! このままですと深江村で戦うこととなりまする!!」
「構うな! 深江村にも呼応する者たちが居る。深江村の地は我らの地の利なり!!」

 報告を受け、島原藩の討伐隊の事を知った。
 かなり早い動きであるが、早いゆえに数はそこまで数は用意できていないはず。
 報告通り、深江村にて接敵。戦闘になるが、どちら共に大きな被害が出る前に、討伐軍が退いた。

「恐らくは、兵の疲労を考慮して撤退したのかと。この後は島原城にて篭もる腹積もりでしょう」
「だが、退却は退却。我らが退かせたことに間違いはあるまい」

 有家時次から討伐隊の動きの説明がされるが、相手が退却した事実は変わらない。

「皆の者、聞け! 我らの勢いに敗れた討伐隊は尻尾を巻いて逃げた!! 今こそ一気呵成に島原城を落とす時ぞ!!」

 自分たちが撤退させた。その事実を私の言葉で再確認すると、地をも震わす鬨の声が響く。
 進路に変更はなく、目指すは島原城。
 その城下町にて、私たちは再び討伐軍と対峙。

「この地鳴りを聞け!! この怒号を聞け!! 全て、我らの怒りと思うがいい!!」

 そんな討伐軍を前に見得を切り、戦闘へ。
 町から、武器を持った領民が多数出てきた。
 どうやら、我ら一揆軍に加わっていない者たちに武器を与え、戦力としようとしたらしい。
 ――が、そのまま我らに加わる領民が多く、討伐軍は再度尻尾を巻いて島原城に撤退。
 今度こそ堅く城門を閉ざし、篭城の構えを見せた。
 こうなると、流石は我らの血税で建てた城である。
 落とす算段が付かず、仕方なく城下町を破壊することしか出来なかった。
 ……もちろん、軍を維持するための兵糧や装備など、必要なものも略奪。
 こうして一揆軍として盤石になったころ、有家時次から、

「そろそろ天草へと渡る時でございまする。こちらの一揆軍は我らが合流まで引き受けましょう」

 と言伝が。
 それに頷き、先ほどの城下町で床下から拝借した十字架を太陽に掲げ、祈りを捧げる。

「デウス様……我ら子羊に、導きを与え給え」

 この私の祈りに――ではなく、祈る私の姿を拝む者たちに振り返り、

「これより私は海を渡り、天草にいる同胞の元へと駆けつける。皆の者、我らにはデウス様がついておられる。その事を忘れるな!」

 これまた地を震わす応があり、私はその言葉に見送られて天草を目指した。
 右衛門作と約束をした場所に辿り着けば、そこにはすでに右衛門作が船と共に待機していた。

「遅くなったか?」
「いえいえ。討伐隊を相手にしての時間でございます。むしろ早いくらいでしょう」

 遅れたかと確認を取れば、どうやら我らが討伐軍と当たったことはすでに耳にしている様子だった。

「耳が早いな」
「それほどまでに耳を広げておりますゆえ。ささ、こちらの服へとお着換えくだされ」

 そう言われ、手渡されたのは白絹の着物と袴。
 さらにはカラムシを三つ編みにし、十字架を巻き込んだものまで用意されていた。

「周到だな。流石は右衛門作である」
「それだけ準備期間がありましたゆえ。ここからは気合を入れてくださいませ。天草の地では必ずや城を落としていただきまする」
「分かっている。……覚悟は――とうに決めている」

 既に日は落ち、周囲は薄暗く。
 船頭の火だけが、周囲を照らす光となっている。

「四郎様、これよりは天草四郎時貞とお名乗りくだされ」

 時期に天草へと到着するのだろう。そんな時に右衛門作がそう私に進言する。

「天草氏はかつてこの地を治めた豪族であったか。……相分かった」
「では天草殿、これより天草へと着きまするが、天草殿にはやって頂きたいことがございます」
「……申せ」
「では――」

「皆の者、天草殿が参られたぞ!」

 船の上から右衛門作が岸に見える領民へと叫ぶ。
 すると、どこにいるのかと手に持った松明を掲げ、首を伸ばす領民達。
 と、一人が見つけたのか、私の方を指さして叫ぶ。

「あそこだ!」

 指さされた私は海の上に立っており。
 見られたことを確認して、ゆっくり一歩ずつ岸に向けて歩き出す。
 海に漬かる足に刺すような冷たさが染みるが、その事を表情に、動きに出すわけにはいかない。

「海を……歩いておられる」
「奇跡だ……」

 明かせば何のこともない仕掛けである。
 明るいうちに右衛門作があらかじめ海に沈めておいた足場に乗り、歩いているだけ。
 だが、暗い夜に頼りない松明の火では足場までを確認することはかなわず、まるで海を歩いているように思えるだろう。
 我らの信仰するキリストの起こした奇跡。
 その一端を見れば、士気も上がるというもの。
 全く、右衛門作はどこまでも考えているな。

「余は、天草四郎時貞なり!」

 岸に着き、領民に囲まれながら名乗りを上げれば、皆が皆、膝をついて拝みだす始末。
 何というか、むず痒さがある。

「皆、手筈は分かっているな?」

 右衛門作の問いかけに皆が一斉に立ち上がり、力強く頷く。

「日の出と共に皆で本渡城を叩く! 周囲の村々でこの城を包囲、援軍の一切を通すでないぞ!!」

 右衛門作の静かな、しかし力強い号令に頷き、集まった領民は静かに村へと帰っていく。
 それは、天草側蜂起前の静けさに他ならず、これから来るであろう嵐を予感させるものだった。

「城を固く囲め!! 蟻の子一匹たりとて通すでないぞ!!」
「応っ!!」

 用意された馬に跨り、御幣を振り、一揆勢を盛り上げる。
 城を固く囲むと言っても、私と右衛門作の率いる部隊はわざと城の包囲を緩めており。
 右衛門作によれば、

「逃げ場がなければ死に物狂いで戦いまするが、逃げ場が一か所でもあればそこに殺到しまする。そこに殺到する兵士はみな戦意を失いただ逃げるためにそこを目指す者たち。そのような者たちは、苦労なく討ち取れましょう」

 とのことだ。
 実際、包囲を初めてしばらくすると、我らの部隊の前に甲冑を着た武将が兵を率いてなだれ込んできた。
 どうやら、ゆるく包囲していた事を、包囲の穴だと認識しての事らしく。
 また、

「四郎様! その方は三宅権兵衛様にございます!!」

 と、我らの率いる兵の中から、その甲冑を着た武将を知るものが現れて。
 その身分を我らへと教えてくれた。
 三宅権兵衛と言えば、この本渡城ではなく、この後に攻略予定の富岡城の城主である人物のはず。

「三宅権兵衛殿か。私は天草四郎時貞と申す」

 とはいえ味方が多いに越したことはなく、この三宅権兵衛という人物は……。

「天草……? そのような者は知らんぞ?」
「知らぬで結構。ところで、権兵衛殿は元は切支丹だったと記憶しているが――」

 そう、元は切支丹だったはずだ。出来れば味方に引き入れたいところだが……。

「とっくに棄教したわ! このご時世、切支丹として生きるにはあまりにも厳しい」
「ところが、この一揆は切支丹を認めさせるための一揆。どうだろう? 今一度切支丹となり、我らと共に戦ってもらえぬか?」
「……これが、答えだ!!」

 そう言うと、三宅権兵衛は槍を構え、その切っ先を私へと向ける。
 ……残念だ。

「討ち取れっ!!」

 私の掛け声とともに、三宅権兵衛を囲んでいた一揆勢が襲い掛かる。

「なっ!? 一騎打ちに応じぬのか!!?」
「この一揆は確実に成功させねばならぬ。そのような興に乗る余裕はない」

 卑怯者とそしりを受けようと、私には為さねばならぬのだ。

「三宅権兵衛重利、討ち取ったり!!」

 功を上げたものがそう叫び、首級を掲げると、

「主らも選べ! 主君を追うか、それとも我らと共に進むか!?」

 間髪入れず、右衛門作が三宅権兵衛の兵士たちへと問いかけていた。
 元々切支丹の三宅権兵衛は、その部下も元切支丹が多い。
 棄教したとはいえ、こうして切支丹復帰のための一揆となれば、全員とは言わずとも我らに味方する者たちは居よう。
 主君の敵と立ち上がった者たちには刃を浴びせ、我らと共にと立ち上がった者には言葉をかける。

「次は富岡城だ! 皆の者行くぞ! 天命は我にあり!!」

 富岡城城主は先ほど討ち取った三宅権兵衛であり、その首級があれば城を守る兵士にも動揺が走るというもの。
 いかに堅城とはいえ、守る兵士が動揺すれば多少は落としやすくもなる。
 全て右衛門作が描いたものだが、こうしてみると全てが理にかなっているように思える。
 天草の一揆軍は、この本渡城を落としたことでさらに膨れ上がり、もはや一城程度の兵士では数でも負けないほどになっていた。
 この勢いのままに、富岡城を落とそうというのが天草側の一揆勢の作戦であった。

「城主は討ち取れど油断召されるな。まだまだ城には武将がおりまするゆえ」
「分かっておる。油断こそが大敵である」

 顔に浮かれでも出ていただろうか。
 並走してきた右衛門作に注意を受けてしまった。
 とはいえ、私も油断をしているつもりはない。
 一度深呼吸をして呼吸を整え、気を引き締めて馬を走らせる。
 狙いは富岡城である。

「一気呵成に攻め立てろ!」

 本渡城を落とし、三宅権兵衛の首を取って富岡城へ。
 右衛門作の目論見通り、その首を見た城の兵たちは動揺した。
 ――が、流石は堅城と謳われた富岡城である。
 一揆軍の猛攻に拠点を落とされはすれど、要の本丸だけは一向に落ちる気配がない。
 早々に北丸を陥落させたというのに、本丸までの今一歩だけが足りぬという状況。そんな中、

「伝令!!」

 一揆軍に、一人走ってきた者がいた。

「申せ」
「はっ! 九州諸藩の合従討伐軍が接近中!! このままでは背後からの強襲を受けることとなります!!」

 その報告は我らの不利を決定付けるもので。
 早急に対処をしなければ、このまま一揆が何も成し遂げられないままに終わることを意味していた。

「右衛門作! 策を申せ!!」

 即座に右衛門作へと指示を出すよう促す。
 ――と、

「ここまで勢い付けば初動としては十分。一度退き、島原勢と合流するのがよろしいかと考えまする」
「であるか……。陥落寸前の城を見逃すのは正直惜しいところではあるが……」
「島原にはつい先日廃城となった原城がございまする。それを修復すれば、十分にございましょう」
「なるほど。であれば退く。一瞬一時の時間も、我ら一揆軍の戦力を失うのも惜しい。全軍! 退却し島原の地を目指せ!!」

 簡易すぎる軍議を終え、部隊を島原の方へと翻す。
 判断の速さは部隊の強さ。生存力に直結する。
 無論、それが正しい判断であることは前提ではあるが、かの信長公も軍議を簡略化し、早い判断を持って部隊を運用していた。
 それを神速と評され、信長公の強みの一つとなっていると、文献で呼んだことがある。
 それに倣い、右衛門作を信じて指示を飛ばした。
 ――と、

「四郎殿!!」

 小西家旧臣、益田好次殿に声をかけられた。

「どうした?」
「なぜに落城寸前の城を見逃すのです!? もう一刻ほども攻めればきっと落ちますぞ!?」

 えらく興奮気味で、城を攻め続けよとの意思らしい。

「好次殿、我らは城を落とすことも、領地を得ることも目的ではない。……お忘れか?」
「いや、……それは! ……しかし!!」
「時は一刻を争うのだ。その一刻で城を落とせたとして、その落とされた直後の城に入り、篭城しようというのか? 九州諸藩の合従軍が迫っておるのだぞ?」
「うっ……」
「今一度胸に刻め。此度の一揆の目的は、貧困者の救済と藩主の切腹。切支丹の認可であるぞ?」
「も、申し訳ございません」
「分かればよいのだ。さ、急ぐぞ。言った通り時間がない。早急に島原勢へと合流せねば」

 何とかなだめられたようだ。
 まだ少し納得がいっていない様子だが、島原に着くころには落ち着いているだろう。

 島原の原城は流石に立派なものだった。
 廃城になったとはいえそれはつい昨年の事。
 まだ堀も健在で土塁も残っているほどで、修復は私達が辿り着いたときにはすでに終わっているという状態だった。

「有家殿、今参ったぞ」

 城の修復作業に指示を飛ばす有家時次を見つけ、声をかける。
 すると……、

「おお!! 四郎殿! ご無事で何より」

 無事を喜ばれた。
 そして、

「昼間とは言え冬の海は冷えたでしょう。さ、こちらをどうぞ」

 と、湯気の上がる具雑煮を振舞ってくれる。

「此度の一揆を成しえるまで果てるものか。で、首尾はどうだ?」

 かたじけない、と受け取りつつ現状を聞いてみる。

「はっ! 目論見通りに原城は修復も容易く、もうすぐ修復は完了するでしょう。それに合わせて本丸付近に塹壕を掘らせておりまする。ここに同集落や家族単位で住まわせる予定でございまする」

 有家時次から現状の報告を受けていると、右衛門作が、

「食事所も設けましょう。そこで食事を作り、塹壕内へ配給。塹壕内での火の取り扱いを禁止し、火災の憂いを断っておきたい」

 と進言。

「なるほど、篭城中の火災は確かに避けたい。……だが、身に応える寒さで死人が出まいか?」
「雨風は塹壕でしのげますし、寒さは肌身を寄せ合って耐え忍んでもらいましょう。我ら一揆の話を聞けば、志が同じ者たちがきっと各地で立ち上がる。それを待つ一時の間にございまする」
「ならば篭城の際の規律を皆に分かるよう、書き留めておくのはどうだ? 誰に構わず破れば厳罰とすれば、皆が同じ思いで篭城していると分かり、不満は減ると思うが……」

 さらに益田好次殿も入ってきて、篭城に関する様々なことが決まっていく。
 そして、

「では、以上の八か条を規則とし、四郎殿の名前で篭城する全員に示すという事で」
「それがよかろう。四郎法度として書き綴っていただきましょう」

 私の篭城の最初の仕事は、この篭城に関する行動規範を書き、皆に示すこととなった。
 そうして四郎法度を掲げ、塹壕を掘り進んでいる最中、

「四郎様!!」

 右衛門作が私を呼んだ。

「何用か」

 急いで駆け付ければ、そこには地面から出てきたと思われる無数のメダルや十字架、ロザリオの珠が並べられており。
 有馬家が残した、キリスト教の品々だろうと伝えられる。
 その中で、黄金で作られた十字架が、私の方へと差し出される。

「こちらは四郎様が身に着けるに相応しいものにございまする」

 そう言われれば、私に拒否するという選択肢はなく。
 頷いて、十字架を受け取った。
 そして、

「希望する者に十字架を配れ。数が足りぬなら家族に一つ、同一集落に一つと定めて配れ。皆の心の拠り所となる。なお足りぬのであれば、銃弾を溶かしてでも作るのだ」

 そう右衛門作へと伝えた。
 この一揆は我ら切支丹の存在を認めさせるに等しい一揆である。
 であるのに、我らが信仰の証を我慢させられる謂れはない。
 あってはならない。
 その後、私の指示通り、火縄銃の弾を溶かして十字架を作り、各塹壕に配ることが出来た。
 そうして数日――、

「いよいよ幕府軍のお目見えですな」

 右衛門作の言葉通り、眼前には多数の旗印が見て取れる。

「旗印から見るに、板倉内膳正を上使に据えたようですな」

 その旗印を見た時次殿が何度か頷きながら、心なしか嬉しそうにつぶやいた。

「板倉内膳正ならば何かあるのか?」
「内膳正は禄が少ない。そのような人物を上使に据えれば、この九州の大大名は命令を聞かないでしょう。結果統制が取れず、焦って無理な攻撃に転じるはず」
「しっかりと守りを固め、構えておれば恐るるに足らず、と?」
「左様。幕府軍の攻撃にも動じないことが広まれば、我らに加担する者はますます増えるでしょう」

 事実、その通りに幕府軍は三度の総攻撃を決行。
 そのことごとくを敗走させ、さらには内膳正本人を鉄砲によって討ち取り。
 もはや幕府軍に勢いはなく、我らの勝利を疑わなかった。
 ……数日後、新たな旗印を見るまでは。

「……まさか――」

 旗を確認し、絶句する時次殿に、誰の旗印なのかを尋ねると、

「老中殿にござる」

 との返答。
 老中――つまりは幕府の最高職に位置する存在が、この場所へと駆り出されたということ。
 それは、前回の内膳正のような統制の取れていない、という事はなく。
 どころか、むしろ積極的に幕府軍が協力する体制になったという事。
 それは、この後の戦いは、この間までのように容易く勝利を収められなくなる、という事だった。

 総大将が老中に替わってから、特に攻め込んでくるという事はなく。
 むしろ、内膳正本人を討ち取った時の、幕府側の総攻撃によって出た被害の補填に奔走していると見ていた。
 ……だが、突如として原城砲撃が降り注いだ。
 それも、正面の幕府軍からではなく、背後の海から。
 それはつまり、幕府によって外国の船が我らに砲撃をしてきたということであり、密かに葡萄牙(ポルトガル)からの援軍を期待していた我々にとって、大きな打撃となってしまった。

「砲撃はどれも主要拠点を外れており、篭城への影響はないと思われまする!!」

 砲撃に関する報告を受けながら、葡萄牙への援軍要請がとん挫したことを理解する。
 しかし、それを表情に出しては当然士気に関わる。
 そのため、

「当然だ! 我らにはデウス様の加護がある! この加護がある限り、何人も我らを阻むことは出来ん!!」

 そう、自分に言い聞かせるように答えるしかなかった。
 しかし、その翌日も砲撃は降り注ぐ。
 ――そしてとうとう、兵糧が底を尽きてしまった。

「かくなるうえは打って出るしかあるまい!!」
「出てどうする? 幕府軍に囲まれてやられるが関の山ぞ」
「ではこのまま飢え死ねと申すか!?」

 兵糧がなくなったことで苛立ち、さらには原城を脱出する者も出てきた。
 願っていた各地での蜂起も、どうやら失敗に終わったようだ。
 こうなると、もはや残された道は限られている。
 飢え死ぬか、打って出て討たれるか……。

「四郎殿はどうするおつもりですか?」

 不意に、私へと話が振られた。

「私は……最後のその時まで、皆のために祈ろうと思う。それが、私に出来る唯一のことだ」

 結局私に力はなく、奇跡の力も存在しない。
 であるならば、最後まで無力でも出来ることを貫くのみだ。

「……わかり申した。では、私はこれより好きに行動させていただきまする」

 そう言って勢い良く立ち上がった時次を見送ると、右衛門作から目配せが入る。
 結局この軍議では、打って出るべきという時次派と、最後まで篭城すべきという私や好次派に別れる事となり、終了。
 軍議の後で右衛門作を尋ねると……、

「一つ、お願いがございます」

 開口一番にそう告げられ、

「どうか。……どうかこの城を脱出していただきたい」

 頭を下げられ、そう頼み込まれた。

「ここは……?」

 耳に届く微かな波の音。
 どうやら倒れていたらしい。

「一体……何が」

 ざらりとした地面に手をついて上体を起こしながら周りを見渡すとそこは――

「どこだ?」

 薄紫色のどんよりとした空。
 ……いや、それは空の色ではなく、その色の分厚い雲に空が覆われていただけのようだ。
 周囲には何か覚えがあるようなものはなく、先程から耳に届いている波の音が表す通り、海があるだけ。
 その海も、空の雲と同様に薄い紫色をしており、これも私の記憶にある海とは似ても似つかないものだった。

「具足……そうか!」

 立ち上がる際に見えた自身の身体を覆う具足に、あることを思い出す。
 そうだ……私は――逃げてきたのだったな。
 山田右衛門作に促され、説得され。
 私は、他の者たちと共に討たれる覚悟であった。
 だが、右衛門作はそれを良しとせず、

「あなた様は、我ら切支丹の希望なのです。ここで共に倒れ、亡骸を晒しては決してなりません。あなた様が生きているという事実が、この場にいないキリシタンの希望となるのですから」

 と、幕府軍が城を囲む前に私を城の外へと逃がした。
 偶然見つけたと言っていた、海へと通じる隠し通路。
 そこを使い、海まで逃げ、生き延びてくれ、と。

「しかし、私が居ない事が悟られれば士気が落ちるぞ?」
「心配なされるな。私は絵師。あなた様が、毎日祈りを捧げている様子を描き、それを見せれば中に誰も居ない事など悟られますまい」
「そうか……」

 私を『希望』とし、その『希望』を失うまいと画策する右衛門作は非常に頼りに映ったものだ。

「生き延びた後……もちろんすぐには無理でしょう。ですが、いつかまた必ず、あなた様がキリシタンの為に立ち上がってくれることを某は確信しております。その時には、真っ先に某へお声がけを。某も可能な限り準備をしておきまする」
「すまない……」

 私が生き延びた後の事までをも考えてくれている右衛門作に思わず頭が下がる。
 が、

「おやめください。あなた様は我らが大将。そう易々と頭を下げなさるな」

 そう言われ、動きを止める。

「そうか……そうだな。……思えば、何も大将らしい事をしてやれなかった」
「何を仰いますか、我らと共に立ち上がり、皆へと声をかけ、これほどまでの人を集めたのでございます。あなた様以外で誰がここまで出来まするか」
「それは――」
「さぁさ、そうこうしている間にも幕府軍が城を取り囲むやもしれませぬ。脱出を」

 右衛門作に促され、通路へ。
 その通路を進む前に、私は右衛門作を振り返り、

「最後に、お主に一つ命じておく」
「何なりと」
「決して死ぬでないぞ。私が今一度立ち上がるまで、どんな手を使ってでも生き延びよ」
「…………御意!」

 そう言葉を交わし、私は、今度こそ通路へと向かった。
 徐々に聞こえてくる波の音を確かに耳で感じながら。

「それから……どうした?」

 だが、思い出せたのはそこまでだ。
 その通路の先が今私のいる場所なのか?
 私の知る原城の近くの海岸には到底思えぬ。
 あてもなく歩いてみてはいるが、とても日ノ本の景色とは思えないのだ。
 草木はなく、ただひたすらに続く砂と海。
 集落と思えるような建物も、人も、生き物さえも見当たらない。
 ひょっとすると、ここはすでにあの世ではないか? そんな思いが胸をよぎった。
 ――その時、

「誰だ!?」

 前方、遥か先。
 人影のようなものが動いたような気がしたのだ。

「誰かいるのか!?」

 人がいた。いや……居てくれと願う私は、この時相当心細かったのだろう。
 気が付けば、人影を見た気がする方向へ走っていたのだから。
 ――そして、

「なっ!? 大丈夫か!?」

 確かに人はいた。
 ……だが、そこに居たのは女性であり、私が駆け寄ると倒れていたのだ。

「おい! しっかりしろ!」

 体を揺すり、反応を見るが返ってこない。
 そんな彼女へ声をかけ続けていると――光が……射した。
 薄紫の分厚い雲を退け、私だけを照らすように、一筋の光が。

「何……だ?」

 思わず天を見上げるも、その眩しさに手で影を作り。
 何か起きるのかと待っていると、天から一羽の鳥が降りてきた。
 鳥……多分鳥であろう。光っていてハッキリとは見えず、見たこともないような見た目ではあったが、羽はあり、鶏のような鶏冠がある。
 鶏のそれよりもずっと大きいように思えるが。
 その名も知らぬ鳥は、私のすぐ傍へと着地。そして、私の周りをぐるぐると回り始めた。
 するとどうだ、鳥が着地した場所や動き回った場所に緑が現れているではないか。
 少しずつ茂る緑を前に、この鳥は神の使いなのではと考えた私は、

「頼む! この娘を救ってくれ!!」

 そう鳥へと願った。
 ――が、その鳥は私の言葉に首を傾げるだけで特に何かをしようとはしない。
 どころか、先程まで動き回り緑を広げていた行為さえもやめ、私の方をただ見つめてきた。
 もしや、声をかけてはならない存在だったか? と疑問に思っていると。
 ――突然、その鳥が私を目掛けて走ってきた。

「うわっ!?」

 突然の事に驚き、来たる衝撃へと備えて体を強張らせるが……。
 一向に、想像していた衝撃はやってこず。
 思わず閉じていた目をゆっくり開くと、先程までいた筈の鳥は消えており。
 代わりに……私の身体が先程の鳥のように光っていた。
 そして、

『汝の身に奇跡を授けた。為すべきことを成せ』

 と、どこからともなく――いや、天からそう聞こえてきて。

「あなたは……何者ですか!!」

 聞きたいことは山ほどあった。この場所の事、先程の鳥の事、私に授けたと言われた奇跡の事。
 だが、それよりも。何よりも確認しなければならなかったこと。
 相手は、向こうは誰なのか。
 神か、魔か。
 私は、何に力を授けられたのか。

『我は天。その天にそびえる太陽なり』

 ……天。――太陽。
 それは……果たして。

「ん……うぅ――」

 と、倒れていた娘から声が聞こえ、そちらを見ると、

「……あなたは?」

 そう娘から尋ねられた。

「私は――」

 答えようとして言葉に詰まる。
 右衛門作からすぐには無理でも力を蓄えて今一度立ち上がるように言われた。
 であれば、これまでの名を隠す必要があるのではと思ったからだ。

「?」

 名乗らない私を不思議そうに見つめる娘。
 そんな娘のすぐ傍に、知った花が咲いていることに気が付いて。

「私は露草。『露草四郎』だ」

 咄嗟に、その花の名を自分として口にしていた。

「露草さん……」

 私の名前を聞いた娘はどこか安心したような顔を見せると、

「あ、ごめんなさい。私、他人に名前を尋ねておきながら名乗ってませんでしたね。私、『セレナ』と言います」

 慌てたようにそう言って名乗る娘。

「セレナ……いい名だな」
「えへっ」

 名を褒めると、先程まで倒れていたことが嘘のように屈託のない笑顔を見せたセレナは、

「って、こうしちゃいられないんだった。お水を汲んで帰らないと……」

 よいしょ。と言って立ち上がり、彼女のそばに転がっていた桶を持って海へと走る。
 そして、あの薄紫色の水を桶で掬うと、

「露草さん、私の村へ来ませんか?」

 と私を誘うのだった。

「セレナ殿はいつもこのようなことを?」

 海水の入った桶を体の前に抱え、ゆっくりと歩く彼女に尋ねてみる。
 聞けば、彼女の住む村へは少し歩けば辿りつくとのこと。
 ただ、それでも毎日水を汲みに来るとなれば負担になるだろうと思い聞いてみたのだが。

「どの? えっと……『どの』とは?」

 質問とは別の場所に反応されてしまった。

「なんというか、相手を敬うときにつけるもの……だな」
「じゃあ、私にはなくていいですよ。助けていただいた身ですし」
「そうか、ならば私の事も露草と――」
「それはダメです。助けていただいたので、そこはキッチリしないと」

 変な所にこだわられ、半ば押し切られる形で呼び方が決まってしまった。
 まぁ、本人がそれでいいというのならば構わないか。

「で、えっと……そうそう。水汲みの事ですっけ?」
「ん。そうだ。毎日しているのか?」

 と、ここで私の質問へと戻ってきた。

「ん~、本来は私、兄が居てですね? その兄と交代でやってたんですけど……」

 話しながら、徐々に声から元気が抜けていくセレナ。

「実は、数日前から兄が病に倒れてしまいまして、それからは私が」
「病……か」

 一瞬立ち止まるも、すぐに歩き出したセレナの様子から察するに、彼女の兄が患った病というのは、重いものなのだろう。

「流行り病と思うんですよ……。村の人たちも、次々に倒れているって話ですから」
「……治るのか?」
「分かりません。治った人が居ませんから」

 小さく首を振った彼女の足取りは、重い。
 治らない、ではなく、治った人が居ないという表現も、一縷の望みをかけてのものだろう。

「……待て。その流行り病というのはどのような症状なのだ?」

 ふと、あることが気にかかり病の症状について尋ねてみる。

「症状……。兄から聞いた話ですが、全身の力が抜けて立てなくなるそうですが」
「先程セレナが倒れていたのは?」
「あれは……っ!? 流行り病かもしれません!」

 やはり、か。

「では、セレナが治った一人目だということになるな」
「はい! ……でも、どうして私は治ったんでしょうか?」

 倒れていたセレナはどうやらその時の事を覚えていないようだ。 
 だが、恐らく彼女が治った要因は私であろうな。
 あの時の天の言葉。『為すべきことを成せ』の意味。
 それは、あの乱のときに人々が私に望んだ『奇跡』を起こせ、というものだとしたら?
 あの時の人々の願いは? 思いは? それは本当に私に叶えられるものだったのだろうか?

「着きました。ここが私の村です」

 そんなことを考えていると、どうやら村に着いたらしい。
 ……村と言っても住人が外で何か仕事をしているわけでもなく。
 どんよりとした空気が立ち込める人気が感じられない、そんな村。

「家はこちらですので、どうぞ」

 そう促されるままについて行くと、一つの家へ。

「ただいま、お兄、帰ってきたよ」

 家に入るなり桶を置いて、寝ている兄の所へと駆けだすセレナ。
 声をかけられたセレナの兄は、首だけを動かしてセレナを見ると、

「…………」

 安堵した表情をし、そして、何かを言おうと口を動かす。
 ――が、

「ん? 何?」

 声が微か過ぎて、何を言っているのかが分からない。
 ……もはや、喋るだけの力が込められないのだろう。

「お兄? どうしたの?」

 表情が暗くなった兄の顔を見て不安になり、問いかけるセレナだが、そのセレナの言葉に答える力も、今の彼にはないのだろう。
 ……今の彼には。

「すまない。少し触るぞ」

 そんな彼の傍へと移動し、セレナへと声をかけてセレナの兄の首筋に手を当てる。
 特に確証はない。しかし、倒れていたセレナが意識を戻したのは、『奇跡』を宿した私が触れていたからだと思う。
 そして、そうして目を覚ましたセレナは、流行り病など一切感じさせなくこうして動いている。
 もしそれが、私に宿された『奇跡』の力だと言うのなら。
 こうして体に触れるだけで、流行り病を治療することに繋がるのならば。
 このセレナの兄もまた、私が体に触れることで流行り病が治るはずなのだ。

「何を?」

 セレナが聞いた時には、目立った変化はなかった。
 ――が、

「お兄……?」

 寝ていたセレナの兄が、首に当てていた私の手を掴んだ。
 先程まで、喋るために口を動かすことすら適わなかったその体で。
 ……そして、

「あなたは……何者なのだ?」

 はっきりとした声で。
 上体を起こし、私へと問いかける。
 つい先ほどまででは考えられない景色。

「あ、この方は露草さんで、私が倒れていたところを助けていただいて――」
「違う! そうじゃない!!」

 セレナが私の事を紹介するが、その紹介は途中で遮られ。

「俺はたった今死んだと思った。徐々に力が入らなくなり、目を開けるのすら難しく思えたからだ! このまま死ぬのだと確信し、最後の言葉にとセレナへ声をかけた!」

 セレナには届かなかったが、先程の聞こえなかった言葉にはそんな思いがあったのか。
 そう思ってセレナの兄に当てていた手を引こうとするが、彼は私の手を離してはくれなかった。

「だが、こうして俺は生きている! 先程までが嘘のように、こうして話し、体を起こし、こうして力を込められる! それもこれもお前が俺に触れてからだ! ……お前は――何者だ!?」

 それは、明らかな敵意。
 自分の理解が及ばない存在に対して抱く、自然な感情。恐怖。
 それが、私へと向けられていた。

「私は……露草。『露草四郎』だ。天から『奇跡』を賜った……ただの人だ」
「『奇跡』? これが? 私の病を治したことが奇跡だと言うのか!?」
「そうだと私は考えている。『奇跡』とは普段起こり得ない事を起こすことだろう? あなた方の身に巣食う病魔――流行り病を取り除くことは、それに当てはまらないか?」
「違う!! 俺が聞きたいのはそんな事じゃない!! 奇跡を賜った? しかもその相手が天!? 私は初めから聞いている! お前は何者なのだ!!!」

 興奮し、徐々に声が大きくなるセレナの兄。
 それに伴い、私の手首に彼の指が食い込んでくる。

「私は……。分からない」
「分からない!? どういうことだ!!」
「分からないんだ。気が付いたら私はこの世界に居た。私の知る世界と、何もかもが違うこの世界に、私は一人で居たんだ」

 紫の雲、海。どこまでも続く砂浜。
 そのどれもが、日ノ本とは違う。そう、まさしく別の世界のように。

「別の世界から来た……?」

 そこまで言うと、掴んでいた私の手を放し、信じられないと口を手で覆うセレナの兄。
 指の後がクッキリとついた手を引っ込めて横を見ると、セレナも同じく信じられないといった表情で私を見ていた。
 ……ここの反応は兄妹らしくそっくりであるな。

「伝承の通りとでもいうのか?」

 私に向けて問いかけているようだが、生憎と私はその伝承とやらを知らないから答えられないと思うが?
 そんな私を察してか、セレナがその『伝承』を私に説明し始めた。

 光あるところに影がある。
 それは表裏一体で、光が何かを照らせば影を生み、その影をかき消せるのは光のみ。
 そう前置きされて説明された伝承は、言ってしまえばどこにでもあるような、ありふれたものだった。

「世界が影に覆われるとき、光の使者が現れ、その闇を払う。本当はもっと長いんだが、掻い摘んで説明するとこうだ」

 窮地に陥った時、絶望したとき、その状況から自分たちを救い出してくれる何者かが現れる。
 私が日ノ本に居た時にも、いくつか似たような話は聞いたことがある。
 実際に私は、その話に則って人々の前に姿を現し、皆をまとめていった。

「その光の使者というのが、私だと?」
「そうだ。『見たこともない服を纏いて』と伝承にある。……そのお前が来ているような服は、俺は見たことがない」

 見たこともない服として私の具足を指差される。
 正確に言えば服ではないのだが……まぁ、訂正したところで見たことがないのには変わらないだろうし、気にすることではないか。

「それに、気付いていないのだろうが、俺に触れていた時のお前の身体は光っていた」

 というセレナの兄の言葉に、私の隣でセレナが小さく頷いた。
 ……そうか。

「だから『光の使者』だと?」
「そうだ。それに、その『奇跡』とやらは天から賜ったと言っていたな?」
「ああ、そうだ」
「天には何がある? そう、太陽だ。光を我らへと届ける、恵そのもの。それから『奇跡』を賜ったのなら、それは光の使者に他ならない」

 そこまで言うとセレナの兄は立ち上がり。
 私へと手を差し出した。
 握手か? と思いその手を取れば、私の手を引っ張り立ち上がらせると……、

「こうしてはおれん! この村は一刻を争う。お前のその『奇跡』の力、存分に振るってもらうぞ!」

 と、一方的に宣言して駆けだした。
 当然、手を掴まれたままの私はそれについて行くしかなく。
 ほどなく走って辿りついたのは村の奥にある他の家と比べて一回りほど大きな家。

「長老! まだ生きているか!?」

 入るなり、大きな声でその家の住人へと呼びかけるセレナの兄。
 どうやらそこは、この村の長老と呼ばれる者の住居らしい。

「露草! この方を救ってくれ!!」

 私の手を放して家の奥へと走ったセレナの兄から呼ばれ、そちらへ向かうと。
 そこには、今にもこと切れそうな老人が床に伏していて。
 慌ててその首筋へと手を当てると、自分でも分かるほどに自身の身体が光輝き。

「あ……お……おぉ……」

 徐々に生気がみなぎっていくのが表情から伝わってくる。
 そして、そう長くない時間そうしていると、

「信じられん」

 と一言。
 すっと上体を起こし、私の手を掴み、

「あなたが……光の使者様でしたか……」

 と、先程聞いたばかりの伝承に当てはめられ、そう呼ばれる。

「確証はありませんが――」
「色々言いたいことあるだろうけど悪い! 長老、また後で来る!」

 長老への返事はセレナの兄によって中断され、また手を取られて家の外へ。

「村のみんなを救ってからまた来る!!」

 と、その後、この宣言の通り、この村の住人全員へと『奇跡』を振るわされ。
 そして、その度に長老と同じような反応をされた。
 結果、この村の住人全員から『光の使者様』と呼ばれることになり。
 流石にその呼び名は、と私が拒んだことで、露草と呼んでもらうことに。
 それでも様は付けられたが。

「本当に、なんとお礼を言えばいいか……」

 村人全員を流行り病から治療した後、長老宅へと集まり、全員からの謝意を受け取る。
 半ば強引に上座に座らされ、まるで拝むように感謝を受けるのはやはりむず痒い。

「私は、私に出来ることをしたまで。そこまで感謝されることでは……」
「何を言います。あのまま滅んでもおかしくなかったものを救っていただいた。どれだけ感謝してもしきれません」

 また全員で揃って頭を下げられる。
 困った、このままでは神のように扱われてしまいかねない。
 私はそのような事を望んでいないというのに。

「我々に出来ることであれば何なりと申し付けください。露草様の為とあらば、身を粉にしてでも働きますぞ」
「あまり無いのだがな」

 などと話した時だ。
 不意に、私の腹から小さな音が漏れた。
 ……そう言えば、しばらく食べていないな。
 村を駆け回っているときはそれどころではなかったが、こうして一段落してみると急に空腹を思い出した。
 そして、その音はどうやら皆の耳にも届いていたらしく。

「食事の用意を!」
「すぐに!!」

 長老の一声で住人全員が一斉に動き始める。
 それはあまりに迅速で、私が止める間もないほどに。
 ――しかし、

「そうだと思って食事の用意をしてますよ?」

 と言いながら、長老宅へと入ってきたのはセレナ。
 そう言えば姿が見えないと思っていたが、どうやら食事の用意をしてくれていたらしい。

「何を用意した?」
「『ソー』を。それしか材料がなかったもので……」
「ならん! 露草殿には豪勢な料理を出して我らの感謝を受け取って貰わねば!!」

 村長が頭ごなしにセレナを責めるが……、

「すまない、その『ソー』とはどのような食べ物なのだ?」

 初めて聞く料理は興味を引くものだ。

「はい。この村の小麦を使った麵料理です。優しい味で、疲れた体にぴったりなんです」
「それを頂こう」
「ですが!」

 長老が何か言う前にそれを遮り、

「今まで病に倒れていたのだろう? 村を走っていた限り、田畑も荒れていたし、食料の貯えが十分だとは考えにくい。であるならば、ここで私を豪勢な料理でもてなせば、それは自分らの首を絞めることになるのではないか?」

 そう聞けば、長老は押し黙ってしまう。
 恐らく、図星なのだろう。

「それに、料理に大切なのは豪華であるかどうかではない。厳しい貯えの中から作ってくれた料理。それならば、どのような料理にも匹敵する気持ちが籠っているものではないか?」

 と言えば、露草様がそこまで言うなら……、と長老は引き下がった。
 そうして、セレナから椀を受け取ると、中には冷や麦のように白いが、冷や麦よりも更に細い麺が泳いでいて。
 独特な香りのその麵は、妙に食欲をそそる。

「頂くぞ」

 セレナから箸を受け取り、一口啜ると。
 口の中に、ふわりとした香りが広がり。
 噛めば、しっかりと弾力のある麺が心地よく切れ、思わぬ触感に目を丸くする。
 温かい汁は塩味が効いており、走り回った体に染みるよう。
 滑らかなのど越しも相まって、止まることなく汁まで飲み干し……。

「うまい」

 一言。
 その言葉に、ほっと胸を撫でおろす長老をよそに、

「お代わりもありますよ?」

 とセレナに言われ、

「頼む」

 悩むことなく椀を差し出す。
 そうして満足するまで『ソー』を堪能し、一息ついて。

「さて、長老とやら」

 改めて長老へと向き直ると、長老も何かを感じたか姿勢を正し。

「何があったか聞かせ願えるか?」

 私の問いかけに、ゆっくりと説明し始めた。

「闇が襲ってきたのです」
「闇が?」
「はい。闇――闇としか表現できないナニかが突如として村を覆いました」

 村長の口からなされる説明は、当時の恐怖を蘇らせるのか、細い。
 時折恐怖に身震いしながらも、それでも当時の事を口にしていく。

「村人は全員それぞれの家に避難し、闇がどこかへ消えるのを願いました。……しかし、その闇は一向に晴れる気配はなく――」

 そこまで言って咳き込む村長。
 セレナが駆け寄って背中をさする。

「大丈夫じゃ。そうして備蓄もなくなり、後はもう、そのまま飢えるか闇へと繰り出すしか選択肢はなく……」
「皆外へと向かったのだな?」
「ですじゃ。しかし、闇に覆われた外は何もかもが変わっておった。作物は紫に変色し、水も普通とは違う色に変化しておりまして」
「それが外の様子か」

 水の色がおかしな色だったのはその“闇”とやらの仕業か。
 しかし、田畑には作物は植わっていなかった。
 つまりは、その紫に変色したという作物を口にしたのか。

「そうして選択肢なく変色した作物を食べ、体に異変が……」
「そうであったか」
「ですが、露草様の奇跡により、今はこの通り」

 そう言って、何やらポージングをしている村長。
 元気になったのは分かった。
 が、だからと言って問題は解決していない。

「ときに村長、この村にはどれくらいの備蓄がある?」
「それは……」

 一先ずの問題は、やはり食料であろう。
 荒れた田畑から察するに、最近は農作業など出来ていないはず。
 そして、そうなれば備蓄から細く食べていくほかない。

「実は先ほど私に出した『ソー』も無理をしていたのではないか?」

 そう尋ねる私に目を伏せる長老。
 やはりか。

「あ、それ違いますよ?」
「?」

 目を伏せる長老と違い、私を真っすぐと見ながらそう言ったのはセレナ。

「違う、とは?」
「麦の備蓄なんですけど、倉庫一杯にありましたよ?」
「嘘じゃ! 倉庫にはもはや一人分も残っていなかったはずじゃ!」

 信じられないという様子の長老だが、自分が口にしているのが先程まで言うのを躊躇った内容だと自覚はあるのか?
 いや、それほどに驚いているというのは分かるのだが。

「嘘じゃありません。……見ます?」

 結局、みなが自分の目で確認しなければ納得できないという事でセレナに続いて倉庫へと向かう。
 ――そこには、

「嘘……じゃ」
「ね? 倉庫一杯にあるでしょ?」

 長老ががっくりと膝をつくほどの麦が倉庫へと存在しており。
 しかもその麦は、どれもが長老の話にあったような、変な色をしていなかった。

「私は……確かに……」

 自分が何を見たのかと疑心暗鬼になり、ブツブツとひとり呟く長老。
 そんな長老をよそに、

「おーい! 誰か畑を戻してくれたのかー?」

 私が治した村人の一人が、私達に声をかける。

「いや? 我らはつい先ほどまで長老の家にいた。誰も外には出なかったが?」
「そうなのか? もうずっと耕せていなかったのに、畑が戻ってたからさ。てっきり誰かがやってくれたもんかと思ったんだが……」
「大方先に回復した誰かが耕したんじゃないのか?」

 セレナの兄が村人に言うが、村人は首を横に振る。

「耕したどころじゃないんだ。麦も稲も、みなたわわに実ってるんだ」
「なんじゃと!?」

 言われてようやく顔を上げた長老はすぐさま立ち上がり。
 走って畑の方へと走って確認しに向かう。
 私たちもその後を追ってみると……。

「そんな……」

 そこには、黄金色の絨毯が、風に吹かれて柔らかに揺れており。
 私が来た先ほどまでの荒れた田畑とは、到底同じ場所には思えぬ光景が広がっていた。
 その田畑の端に、私に奇跡を与えた時と同じ光る鳥の姿を発見し。
 何故だか疲れて見えるその鳥に声をかけようと意識を向けると、突如として霧散して光へと還っていった。

「これも『奇跡』というのか」

 その一部始終を確認し、そう零した私へと周りの視線が集まるのを感じ。

「露草様がこれを?」

 まずはセレナが私へと尋ねてくる。
 ……とうとうさん付けから様へと昇格か。
 あまりその呼ばれ方は好まぬのだが。

「分からぬ。……ただ、誰も触っていない田畑が戻り、備蓄の麦も増えていた。この現象を表すならば『奇跡』が妥当だと思っただけだ」
「確かに。……つまりは露草、お前はこれらの『奇跡』を起こそうとして起こしたわけではない、と?」
「その通りだ。……そもそも、このようなことが起こせることすら私は知らなかった」

 私が把握していた『奇跡』は、セレナを助けた時にたまたま発動した『癒しの奇跡』のみ。
 このように田畑を復元させたり、備蓄の麦を増やすことなど……。
 ――いや、これらは全て聖書に書かれていた事ではないか?
 イエスが、自身を救世主であることを証明するために起こしたとされる『奇跡』と同じではないか?
 ……思えば、私はいつの間にかこの世界へと来ていた。
 それ自体が、『復活の奇跡』であったのではないか?
 であるならば、私にも、イエスと同じ『奇跡』を振るえる……という事なのだろうか。

「知らなかろうが、お前は無意識にでも『奇跡』を用いて我らを救った。そのことに変わりはない。……違うか?」
「違わない。私はこの村を、この村の人たちを救いたいと考えていた。それは間違いないことだ」
「ならばお前が知っていようが知らなかろうが関係ない。こうして『奇跡』が起きた以上、起きた現実の光景だけが事実だ」

 そう言って力強く私の手を握ったセレナの兄は、その手を天へと力強く伸ばし。

「みな、聞け! この村は、この救世主、露草によって救われた!! 病を祓い、田畑を戻し、備蓄を増やし、我らを救った!! この露草は、伝承にある光の使者である!!」

 蘇った田畑を見に家から出てきた村人たちへ、同様に力強く言い放つ。
 ……私が、光の使者である、と。

「それで、露草様はこの後はどうなされるおつもりですか?」

 村中から感謝で頭を下げられ。
 ようやく落ち着いて腰を下ろしたのはセレナ殿の家。
 そこでまた『ソー』を振舞って貰いながら寛がせてもらっていると、セレナ殿からそう尋ねられた。

「特に予定などはないが、村長の話を聞くにどうも大変なことになっているのはこの村だけではないように思う」
「他の村も救っていくと?」
「そう考えている」

 変わらない美味しさの『ソー』を平らげ、返事をすれば、セレナ殿の兄からも質問が。
 そうだな……。

「二人に聞かせて貰った光の使者の伝承、何もこの村だけという事もあるまい? であるならば、私はこの村に留まらず、他の村も救いに行くのが伝承に倣ったものだと考えるが」
「なるほど……確かにそうだな。村人は全員治癒され、田畑も回復。収穫までの備蓄も十分な今、ここに露草が留まっても振るえる『奇跡』はない」
「じゃあ、他の村へ行ってしまうのですね……」

 私が村を出るという事に理解を示したセレナの兄。
 しかし、セレナはどこか寂しそうな表情をしていた。

「セレナは何か不安があるのか?」

 その表情から察するに、私が村から居なくなった後の事を危惧していそうなので聞いてみた。
 ――が、

「いえ、不安というわけではなく……」

 何やら歯切れが悪い。
 一体どうしたと言うのだ?

「はっきり言わんと露草には伝わらんぞ?」

 兄からの助言もあり意を決したように口を開いたセレナは、

「あの……私も――ついて行っても構わないでしょうか?」
「……は?」

 私が予想もしていなかったことを言い出した。

「何を言うのだ?」
「私、考えたんです。露草様に助けられて、何もお礼が出来ていないって」
「……今こうして『ソー』を作って食べさせてくれたが?」
「その程度では到底返しきれていません! 命を救っていただいたのと、食事を提供したことが釣り合うわけがありません!」

 正直なところ、私は彼女を治そうとして治したわけでも、見返りが欲しくて治したわけでもない。
 たまたま私に治す力が宿り、たまたまその力が発言しただけ。
 であるならば、私が食事と等価だと言うならばそれで済むと思うのだが……。

「露草、俺も同意見だ。本当ならば俺もお前に同伴したい」

 さらにはセレナの兄までそんな事を言い出す始末。
 確かにこの世界の事について、私は全くと言っていいほど無知であるし、誰かがついてきてくれるという事にはありがたさがある。
 ただ、セレナやセレナの兄は自分の住んでいた村があるのだ。
 故郷を出てまで、私と共に来なければならない道理など存在しようもない。
 だからこそ、私は二人がついてくることを拒否した。

「やめてくれ。そのような思惑があって助けたわけではない。それに、二人にはこの村がある。私のように何もない存在ではあるまい?」

 自分の故郷から離れることは、強さと覚悟がいる。
 その覚悟を、たまたま命を救われたから、というだけで決めさせるべきではない。

「それは……」
「待て露草、それは違う」

 納得しかけたセレナをよそに、セレナの兄が私へと言う。

「お前はこの村の全てを救った。それなのにこの村とは無関係だとは言わせん。俺ら二人にこの村があるように、お前にもこの村はあるはずだ」
「だが、私は別の世界の人間だ」
「関係あるか! 確かにお前はこの村で生まれたわけでも、この村で育ったわけでもない。だが、この村に深く関わったのは事実。それに、我らと肩を並べて食事をしたんだ。この村を、第二の故郷とは思えないか?」

 確かに深くは関わったが、それは――、

「えぇい面倒くさい! ハッキリと言ってやる!! 自分の事を何もないなどと言うな!! お前の味方にくらい、俺がなってやる!」
「わ、私も! 露草様のお味方です!!」
「俺らだけじゃない! この村の全員がお前の味方だと答えるだろう! それでもまだ、自分の事を何もないなどと評するか!?」
「……いや、その通りだ」

 急に熱くなったと思えば、そうか。
 この者らは私に居場所を提供しようとしてくれているのか。
 私に、帰る場所を用意してくれようとしているのか……。

「であるならばお前もこの村の住人ということだ! そうだな!?」
「その通りだ……」
「……言質、取ったぞ?」

 ? 何だ? 今何と言った?

「この村の掟には、村を出る際は同伴者が必要とある。つまりお前がこの村を出て、他の村へ向かう場合、誰か他の物を連れて行かねばならん」
「……なぜ? このようなことを?」
「俺もセレナも、この村の事をよく知っている。どんな場所からでも、この村へと戻ってこれる自信がある。……いざこの村に戻るとなった時、道標は必要だろう?」

 気が付けば、私はセレナの兄に言いくるめられていた。

「お主らは……それでいいのか?」
「良いも悪いも、俺たちはお前に助けられた。故に、お前の助けとなることを出来うる限りしたいのだ」

 その瞳には、真っ直ぐな力が宿っていた。
 この瞳でものを言う者に、意思を曲げるという考えは存在しない。

「……分かった。もう何も言うまい。……だが、どちらが付いてくる?」
「私は長男。家を守る務めがある」
「わ、私が……!」

 私が折れ、どちらがついてくるのかと聞けば、セレナが挙手。
 それで構わないのかと視線でセレナの兄へと確認すれば、セレナの兄は黙ってゆっくりと頷いて。

「ではセレナ。私の光の使者としての旅に、ついてきてくれるか?」
「はい!!」

 こうして、私の村を救う旅にセレナが同行することが決定した。

「もうすぐ、一番近い村に到着するはずなんですけど……」

 セレナに案内をしてもらい、近くの村へと出発してしばらく。
 そう言って首を傾げるセレナの様子を表すように、私たちの視界にはおおよそ村と呼べそうな景色は入ってこない。
 荒野と、見たこともない植物で形成された森? 林? とすら呼べるかどうかも分からない代物と、川のみ。
 そのどれもが例に漏れず禍々しい紫色に変色していたが、私が近づいたり、触れたりすると元の色へと戻っていく。
 荒野は茶色に、川は透き通って透明に。
 ……森だか林だか分からない植物たちは、触れても色の変化はなかったが。
 セレナ曰く、

「それは元々そういう色です」

 との事だった。
 この世界の植物の事はよく分からんな。
 とまぁ、そんな感じで移動しながら様々なものを浄化? 復元? していたのだが、肝心の村が見当たらない。
 どうするか、とセレナと顔を見合わせていると、何やら視界の端に動く影を見つけた。

「誰か居るのか?」

 と視界の影へ顔を向けると、サッとその影は森? の中へと身を隠した。

「どうかしましたか?」
「何か動いている気がして声を掛けたんだが、森の中へと入ってしまった」

 セレナが何事かと聞いてきたので、一連の出来事を話す。
 そして、影の入り込んでいった、竹のような見た目の植物が連なる森も指差す。
 すると……、

「ギャー!!」

 という叫び声が森の中から。
 その声を聞き、私はセレナと顔を見合わせ、お互いに頷くと。
 その森へ、二人して走り出した。

「声はこちらから聞こえたはずだが……」

 森へ入り、声の聞こえた方へ進むが、今のところ人はおろか獣の姿すら目にもせず。
 もしかしたら叫んだ後にこの場所を離れたのかもしれない。
 そのことをセレナへと話し、森から出ようと振り返った瞬間、

「助けてくれー!!」

 と頭上から聞こえてきた。
 慌てて見上げると、足を蔓に絡まれ、ぶら下げられた子供の姿が。

「何をしている?」
「見りゃ分かんだろ! 捕まっちまったんだよ!!」

 捕まった? 何に? ……と言うのは見ればわかるか。
 足に絡みついている蔓を見るに、どうやら何かの植物に捕らえられているようだ。
 ……だが、人を襲う植物だと? そんなもの、見たことも聞いたこともないぞ?

「どうします? 露草様」
「もちろん助ける……が、どうするか」

 とりあえず子供の足に絡みつく蔓を辿っていき、それが巻き付いている竹へと刀を振るう。
 こちらの世界に来て以来抜いていなかったから、錆びていないかと思ったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
 乾いた音を立て真一文字に斬れる竹。
 そして、

「うわぁぁっ!?」

 蔓が離したのか、捕らえられていた子供が落ちてきて。

「うわっ!!?」

 割れたところからまた生え出した竹により蔓が伸び、地面に落ちる前にまた捕らえられる子供。
 ……竹の成長は早いと聞くが、早すぎないか?
 斬って数秒だぞ?

「セレナ! 私がこの植物を斬り続ける。セレナはあの子供を受け止めて森の外へ走れ!」
「は、はい!!」

 ただ、斬って数秒は生えないということは、その間ならば子供は解放されるという事。
 ならば、子供が完全に解放されるまで、何度でも繰り返せばいいだけだ。
 そうして、斬っては生え、斬っては生えを繰り返すこと数回。
 ようやくセレナの腕の中に子供を確保することに成功。
 それを確認し、戻ってきた道へと走り出すと……。

「あれ? 道が?」

 私たちが森に入ったはずの道が、いつの間にか竹によって塞がれており。
 周囲を見渡しても、およそ道と呼べそうな空間は無くなっていた。

「このまま突っ切るぞ! 私に続け!!」

 立ち止まったセレナに声を掛け、走った勢いのままに行く手を塞ぐ竹へと刀を振るう。
 そうして無理やり作り出した道を、セレナと二人で走り抜け。
 やっと森を抜けた時には、私もセレナも枝や葉によって出来た擦り傷や服の破れで一杯だった。

「はぁ……はぁ……。何とか、なったな」
「ほんと……抜けられて……良かったです」

 しかしセレナは自分は傷だらけだというのに、抱えた子供には傷一つ付けさせていないとは、大したものだ。

「もう大丈夫だよ?」

 そう言って抱えた子供を地面に下ろすと。

「……ありがと」

 と気まずそうに言う子供。

「無事だったから大丈夫。それで、どうしてあの森に入っちゃったの?」

 それに対し大丈夫だと告げ、子供の目線まで屈み、事情を聴き始めるセレナ。
 初めはそっぽを向き、答えようとしない子供だったが、セレナが根気強く待っていると、

「薬になりそうなもの、探してた」

 とボソリ。
 その一言は、薬が必要な誰かが存在しているということ。
 詳しく話を聞こうと体を前に乗り出すと、それに驚いて一歩引かれてしまう。

「怖がらなくても大丈夫。私達ね、病気や悪いことを治すために旅をしてたの」

 そんな子供の様子を見て、優しく、柔らかく説明するセレナに、子供はゆっくりと頷いた。

「それで、君が薬を渡したい人はどこにいるの?」
「……村にいる」
「案内してくれない?」

 セレナの問いにも頷いた子供は、急いで駆け出して、

「こっちこっち!!」

 と、先に行って私たちを手招き。
 私とセレナは顔を見合わせると、子供の後をついて彼の村へと案内された。

「ここが俺の村だ」

 そうして辿り着いた子供の村は。
 私たちが竹に襲われた場所から、そこそこに距離があり。
 辿り着いたときには、すっかり息が上がってしまっていた。

「そ、それで? く、薬が必要なのは誰だ?」

 何とか息を整えながらそう聞けば、子供は項垂れて首を振る。
 それはどういう意味の首振りだ? 居ない、と言う意味か?

「俺以外全員、寝込んじまってんだ」

 いや、やはりそういう意味か。
 なるほど、では村人全員を癒せばいいわけだな?

「分かった。私に任せろ」
「えっ!? でも、あんた薬とか持っるようには見えないんだけど……」
「大丈夫、私たちに任せて。ね?」

 私とセレナ、二人で任せろと伝え、とりあえず一番近い家へと入っていく。

「邪魔するぞ」

 一応声をかけたものの、それに対する返事はなく。
 家の奥へと入っていけば、寝ている人影が見えてきて。

「これは……?」

 その人影は、確かに人の影であったが、明らかに大きすぎるもので。
 例えるなら、相撲取りのような見た目であった。
 とても病に倒れた人の体格には無いように思えるが……。

「それ、俺の母ちゃんなんだ」

 どうやら私たちの後をついてきたらしい子供から、私の目の前の存在についての説明がなされた。

「本当はこんなに太ってなくてさ。でも、具合が悪いって寝込んでから、体がブクブクと膨れる一方でさ」

 なるほど。どうやらこの太った見た目は病のせいという事らしい。
 であるならば、私の『奇跡』で治すことが可能だろう。
 ……いや、もしかすると治療出来るのは病だけで、体型は元に戻らないかもしれないが。
 とりあえずは治してみない事には始まらない。
 と言うわけで、早速寝込んでいる子供の母親の顔に触れてみると。
 ……何も起こらない?
 『奇跡』を知るセレナも不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。
 一体何がセレナの村の時と違うのだ? 何故触れたのに『奇跡』が発動しない?

「私に『奇跡』を!」

 何か発動に条件があるのか? 分からないがとりあえず『奇跡』という単語を口にしてみると、

「うわっ!? 何だっ!!?」

 突如として私の身体が光始めた。
 その光景を知らない子供は大きく驚いて声を上げる。
 が、私にはそんな事よりも重要なことがある。
 なるほど、『奇跡』という言葉を口にすれば私の身に宿るのか。
 これは覚えておかなければならないな。
 と考えている間に、私の身体から手、手から子供の母親の顔へと光が移り。
 その光は、優しい光となって全身を包み込む。
 ……そして、

「あ、……う」
「母ちゃん!」

 それまで一切の反応がなかった子供の母親の口から、微かに声が聞こえ。

「メ……リ……」
「ここに居るよ! 母ちゃん!!」

 やがて、ゆっくりと閉じられていた目が開かれて。

「光の……使者様……?」

 私の方を見て、そう呟いて。

「そう見えるか?」
「……しっかりと」

 私の問いかけにも、しっかりと反応。
 この者はもう大丈夫そうだな。

「他の村人も同じ状況か?」
「恐らくは……」
「分かった。セレナ」
「はい」
「皆を治療しに行くぞ」
「はい!」

 言うが早いか立ち上がり、次の家へと向かう。
 その後、村にある家という家に入り込み、寝込んでいる住人へと『奇跡』を施して。

「恐らくこの家で最後です」

 というセレナの言葉通り、最後の村人を治療し終えたところで。
 急な疲労感に襲われ、私はそのまま意識を失った。

「――ん……うぅ」
「露草様!」

 ……ここは? 私は、何を……?

「良かった……お体の具合の方は大丈夫ですか?」
「私は?」
「露草様は、最後の村人に『奇跡』を施した直後、まるで糸でも切れたかのように倒れられたんですよ!?」
「そうなのか」

 ……確かに。
 最後に記憶にあるのは猛烈な疲労感だ。
 ――もしや、これが『奇跡』の代償とでも?
 使えば使うだけ疲労が溜まる?

「食欲はありますか? 一応、『ソー』を用意してますけど……」
「頂こう。……にしても、何やら外が賑やかだな」

 セレナから『ソー』の入った器を受け取り食べ始めるが。
 私たちの居る家の外が、何やら騒々しい。
 ……いや、違うな。うるさいだけの騒々しさではない。
 聞こえてくる声からは歓喜の色が伝わってくる。

「皆さん健康になって、嬉しくて喜んでいるんですよ。しかも、やはりもう底を突いていた備蓄も、数か月は持つほどの量があったそうで。皆さん口々に、『奇跡だ』と騒いでらっしゃるんです」
「そうか。……ん? この『ソー』はセレナの村で食べたものと味が違うな」
「あ、分かりますか? 実は、あの子……メリって名前らしいんですけど、薬になりそうなものを、と色んな木の実を取ってまして」
「その木の実で味付けを?」
「味付けと言うよりは香り付け、でしょうか。ふわりとした香りが漂うでしょう?」

 セレナの言う通り、セレナの村で食べた『ソー』よりも味と香りが膨らんで豊かになり、喉越しもよくなったように感じる。

「ああ。うまいものだ。おかわりを頼めるか?」
「もちろんです!」

 と、私がセレナへ『ソー』のおかわりを頼んだ時。

「お、起きたのかい!?」

 家の戸が勢いよく開き、私の前に人がなだれ込んでくる。
 その者たちはみな、口々に治してくれてありがとう、だとか、食料も増やしてくれたのか? と言っているが、正直それらの言葉は私の耳に入らない。
 ……と言うのも、私にはその者たちに見覚えがなかったからだ。

「セレナ」
「はい?」

 私がセレナを呼ぶと、一瞬でシンと静まり返る。
 それを気にせず、

「この者たちは?」

 と聞いた私の耳に、

「? 露草様が『奇跡』で治療した方々ですよ?」

 と不思議そうなセレナの声。
 いや待て、私はこのような者たちは知らんぞ?

「あ、『奇跡』のおかげで体系がスリムになった、と言ってましたよ?」

 ……んなバカな。
 『奇跡』は病を治癒するものではないのか?
 体型すらも変化させることが可能だというのか?
 ……いや、それこそ『奇跡』の名に違わぬ効果……か?

「俺らは光の使者様のおかげで生き永らえたんだ」
「どんなことがあっても恩を返すだぁよ!」

 あぁ、この二人の声には覚えがある。
 昨日治癒した二人だ。
 ……最も、その時の二人は腹が山のように膨れていたが、今私の目の前の二人は筋骨隆々の肉体で。
 おおよそ同一人物とは思えないのだがな。

「恩を返すならこの娘にもだよ。体の調子は良くなったものの、空腹でも体が膨れて動けなかった私たちに、その『ソー』って食べ物を食べさせて回ってくれたんだから」
「そうなのか?」
「まぁ、しましたけど。……でも、それは露草様の脚は引っ張らないようにとの一心で」
「そういや、嬢ちゃんの『ソー』を食べてからじゃないか? 体が元に戻りだしたのは」
「んだんだ。嬢ちゃんの料理食ってから俺らは元に戻れたんだ」

 どうやら話を聞くに、病は私が治し、体型はセレナが戻したらしい。
 セレナにも『奇跡』の力が? ……いや、私の力が伝播したのか?

「こうしちゃいらんねぇ! せっかく救世主様が目を覚まされたんだ! みんなでお祝いするぞ!!」

 恐らくは村の盛り上げ役なのだろう。
 『ソー』を平らげた私を見て、そうだ! と手を叩いたと思えば、そんなことを提案し。
 村人たちも、

「それはいい案だ!」

 と賛同して宴が発生。
 先ほどまで床に伏していたうっ憤を晴らすように、飲めや歌えやの大騒ぎへと発展し。
 その大騒ぎの中心に、私とセレナは、有無を言わさず収められてしまったのだった。

 ぐぬぬ。
 一体何なのだあ奴は。
 儂の邪魔をしおって……。
 折角ここまで有利に事を進めてきたというのに。
 ……いや、まだ慌てるような時ではない。
 いつものように待てばいいのだ。耐え忍べばよいのだ。
 いつの世も、我慢に勝る勝機無し。
 まだ儂の優位は覆っておらぬ。心を静め、次なる一手を考えるとしよう。

 やはり余は人を見る目があるのぅ。
 彼奴はしっかりとその仕事を果たしているようじゃ。
 ……とはいえ、やや進みが遅いのぅ。
 あまり悠長にしていてはあの狸爺の思惑通りになってしまう。
 ここは一つ、アレを使っておくべきかもしれん。
 これで大勢が決するわけではないが、形勢をこちらに傾けるくらいの働きにはなろう。
 一度流れさえ、勢いさえ作ってしまえばこちらのモノよ。
 今に見ておれよ、狸め。

 私とセレナが宴に巻き込まれ。
 その宴の中心で酒や馳走が振舞われていた――その時。

「ん? なんだ?」

 どんよりと曇り、陽の光など刺していなかったこの世界に、一筋の光が。
 ――いや、一筋どころではない。
 この村に一本。そして、空を見渡せば無数の光の筋が伸びていた。
 村人たちも酒を飲み、食事をする手を止め、踊る足を止めて天を見上げ……。
 ――突如、地鳴り。

「うおっ!?」
「きゃっ!?」

 倒れかけるセレナを抱き寄せ支え、揺れが収まるのを待つ。
 その揺れは、大の大人が立っていられずに倒れるほどで、一体何が――

「露草様!!」

 まだ揺れの収まらぬ中、村の長老が這いつくばって私の下へと来た。
 表情が随分と緊迫しているが、何かあったのだろうか?

「お逃げ下され!!」

 次いで出た長老の言葉に、思わず目を丸くする。
 逃げろ? 何から? 何一つ要領を得ん。

「何から逃げろと?」
「や、や、闇が! 闇が襲ってきますぞ!!」

 私からの問いに長老が答えた、瞬間。

「キャーーッ!!」

 近くで、悲鳴が上がった。
 思わずその悲鳴の方向に目を向けると、

「何だ……あれは?」

 そこには、異形と言うべき存在がいた。
 なお収まらぬ揺れをものともせず立っていられる太い脚。
 筋骨隆々で、近くにいる村の男の倍近い体躯。
 ただ伸ばしているだけで地に着きそうなほどに長い腕。
 そして、狂気を孕み、血走った様子で周囲を見渡す一つのみの眼。
 どう見ても人ではないそれは、揺れと恐怖とで動けない村の娘へと近づくと――。

「やめろ!!」

 掴もうとしたか、はたまた握りつぶそうとしたか。
 手を伸ばしたところで、私がその化け物と娘との間に体を滑り込ませる。
 それを見て、化け物が動きを止めたのは一瞬。
 だが、その一瞬に出来ることはあった。
 腰にある刀を抜き、居合気味に化け物の腕へと切りかかる程度の事は。
 ――だが、

「なに!?」

 斬れた感触は……あった。
 手ごたえも十分すぎるほどにあった。
 だが、化け物の腕は、皮一枚斬れたかどうかという程度。
 それ以上でも以下でもなかった。
 当然、その程度の事で化け物は行動を止めない。
 どころか、自分を攻撃してきた、という事実を理解し、私に対して明確に敵意を剥ける。
 一つしかない目で私を睨みつけ、大きな口を開け、声にならない咆哮を天へと叫ぶ。
 そして、

「うがぁぁっ!!」

 私へ向けて長い腕を伸ばしてきた。

「皆!! 逃げよ!!」

 周囲の村人に避難するよう指示を飛ばし。
 その伸びてきた腕を躱しながら、刀を一振り。
 だが、先程同様、皮一枚を斬った以上の成果は上がらない。
 それでも、こうして攻撃し、化け物の意識を自分に向けさせなければ、村人たちが襲われてしまう。
 いつの間にか収まった揺れにどこか嫌な予感を抱きつつ。
 目の前の化け物に集中する。
 動きに怪奇な面はない。
 正直に、真っ直ぐに攻撃してくる。
 ならば、攻撃を避けるのはたやすい。

「がぁっ!!」

 大きく踏み込み、右腕による殴打。
 それを半身ほど移動し、身を捻る事で回避して。
 今度は斬るのではなく、叩きつけるように刀を振り下ろしてみる。
 ――が、

「ぐっ!」

 ガギンッ! という音と共に、化け物の腕に振り下ろした刀が弾かれた。
 まるで岩のような硬さ。
 刀から伝わる衝撃が、痺れとなって腕に襲い掛かり。

「フンッ!!」

 そこへ、化け物の二打目が飛来。
 咄嗟に刀で受けるも、当然防ぎきれるようなものではなく。
 私の足は地から離れ、吹き飛ばされ。

「くっ!」

 全身を衝撃が襲い、地に転がされる。
 ……強い。とてつもなく。
 それでも、戦わなければならぬ。
 刀を支えに起き上がり、少しふらつきながらも化け物に向けて刀を構えなおす。
 吹き飛ばされ、転がされた時に見えてしまったのだ。
 村人たちが、この化け物と私の戦いを心配そうに見守っているのを。
 両手を合わせ、祈りながら、この化け物を倒すことを期待しているのを。
 ならば、倒さねばならぬだろう。
 例えそれが奇跡と言われる行いであろうと。
 私は、奇跡を起こして見せよう。

「天よ! 私に力を!!」

 私の身体に奇跡を与えた存在である天よ!
 我にさらなる力を!! この偉業を、化け物を倒せる力を!!
 村人が安心して生活できる、その根拠足り得る力を私に与え給え!!
 強く強く、心の中でそう願い。
 私にトドメを刺さんと走ってくる化け物を睨みつける。
 ――すると、

「コケ?」

 私と化け物、その間。
 この世界に来た時、セレナを救う時に現れたあの鳥が、また出現した。
 首を振りながらトテトテと歩き、おおよそ今この瞬間の空気には合わないであろうその鳥は。

「コケーッ!」

 走ってくる化け物を見つけると、羽を広げて驚きとび上がり。
 まるで助けを求めるかのように私の方へと走ってきて。

「ちょっ!? 待っ!?」

 私へと体当たり……したはずなのだが、その衝撃はいつまでたってもやって来ず。
 代わりに、懐かしい感覚が体の中から溢れてくる。
 それは、初めてセレナへ『奇跡』を施した時と同じ、不思議な感覚。
 見れば、手に握る刀から金色の光が迸っている。
 これが、あの時私の身体が光り輝いていた理由と同じ、『奇跡』を宿した証というのなら。

「ウガーーッ!!」

 あの化け物に立ち向かえる術なのではないか?
 どちらにせよ、ここで背を向けて逃げる選択肢は存在しない。
 男なら、武士なら、正々堂々、正面から立ち向かうのみ。
 突き出される拳を半身で捻り。
 狙うは首、必殺の一太刀。
 手ごたえは十分。後は効いてくれているかどうか。
 距離を取り、構えて化け物の挙動を観察。
 すると、

「グッフッフッフ」

 刃が届いたであろう首筋を手で押さえ、こちらを見ながら不敵に笑う化け物。
 効かなかったという事か。これで、こちらからもう出来る手立てはない。
 だが、それで諦めるという事でもない。
 何度でも、何度でも。決定打になるまで叩き込むだけ。
 そう覚悟をした時、刀から迸っていた光が消える。
 それは、絶望の合図。
 思わず刀を見た私に向かって、そんな事はお構いなしに走ってくる化け物。
 反応が遅れ、攻撃を受けると思った瞬間。

「ウガァ?」

 化け物は失速し、よろけて転び。
 転んだ拍子に、ゴロンと首が胴体から離れて転がった。
 ……斬れていたのか。もう駄目だと思ってキモが冷えたぞ……。
 それにしても、斬られた本人が気が付かずに動くなど、まるで物語の達人の業のようだ。
 ほとんどまともに刀を振った事がない私にそのような真似が出来るなど考えられない。
 これが、『奇跡』なのだろうな。

「露草さん!!」

 化け物が倒れ、動かなくなったことを確認し。
 緊張の糸が切れ、座り込んだ私へセレナが駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか!?」
「ああ、化け物は倒した」
「そうではなく! 露草さんの事ですよ!!」

 そう言われ、自分の身体を確認してみると。

「な、なんだこれは!?」

 服のあちこちに血が滲み、見るからに大丈夫ではない格好に。
 さらに、自分で見て自覚したからか、今更になって痛みが込み上げてくる。
 つい先ほどまでは、私がやらねばと気を張っていたせいか、痛みを忘れていたらしい。
 思わず膝をつき、痛みに耐える私に、セレナはそっと寄り添うと。

「動けますか? 逃げますよ」

 私に肩を貸し、立ち上がらせる。

「逃げる……?」
「先ほどの化け物がまだまだいます。このままだと、ここでみんな殺されちゃいますよ!」

 なんだと……?
 これほど痛手を負い、奇跡の力を持ってようやく倒したあの化け物が、まだまだいる?
 一体、どうなっているというんだ……?

「露草様! 手を貸しますぜ!!」

 私を運ぶセレナを見つけたらしい、村の筋骨隆々の男たち。
 その者に抱き上げられ、皆と共に逃げていく。

「他の者は?」

 だが、明らかに人数が少ない。
 もちろん、私が戦っている間に逃げた村人もいるだろう。
 だが、それを考えてなお、少ないのだ。

「時間稼ぎを買って出たやつらがいるんですよ」

 私を抱える男は、唇を噛みながら小さく言う。
 その所作に、悔しさが滲み出ている。

「止まれ! 私も戦って――」
「ダメだ! 俺らじゃあいつらを倒せねぇ。露草様じゃなきゃ、あいつらは倒せねぇんだ」
「ならば――」
「だからダメだ。倒せるから、ダメなんだ。あんたは生きて、体調を万全にして奴らを倒さなきゃなんねぇ。今のそんなボロボロの状態で、負けるかもしれねぇ戦いなんてさせられるわけがねぇ!」

 男の言葉に、ハッとなる。
 そうか……。私は、言うなれば対抗手段なわけだ。
 あの化け物に対する、有効打になり得る存在。
 そんな存在を、むざむざ見殺しに出来ない、と。
 私を生かすために時間稼ぎをしてくれている村人たちは、そんな思いで……。

「これからどこへ?」
「一旦近くの村へ。そこに化け物が来るようなら、またその時考えます」
「であるか」

 男からそう聞いたとき、私に限界が来た。
 化け物の攻撃を受け、吹っ飛ばされた時に痛めたのであろう体の前面。
 肩から腹、脚にかけての全てから伝わる痛みの大きさに。
 私の本能は、意識を手放す選択をした。

 ……どうなった?
 意識の覚醒。と同時に襲い来る痛み。
 上体を起こそうと動いたが、その激痛にやむなく断念。

「ぐっ……」
「露草さん!?」

 私の呻き声に、すぐ近くに居たのであろう、セレナが顔を覗き込んでくる。

「無事なのですね!?」

 全身の痛みから、おおよそ無事とは思えない。
 しかし、目に涙を浮かべながら私の手を取るセレナを見るに、『生きている事』を問うているらしい。

「あぁ、皆のおかげで無事だ」

 自分でも驚くほどに小さな声しか出なかったが、その言葉を聞いたセレナの表情は一気に明るくなる。
 余程不安にさせてしまっていたらしい。

「ここは?」

 周囲を見渡すと、どこかの建物ではあるらしい。
 意識を失う前、近くの村に行くと言っていたはずなので、ここがそこかと思うのだが。

「実は……」

 説明を始めたセレナの口からは、色々と驚く事実が。

「最初に当てにしていた村は、同じく化け物に襲われていて……」

 辿り着いたときには村のあちこちに火の手が上がり、化け物が我が物顔で闊歩していたとのこと。
 そこで、さらに進んで村を探し、二つほど村を訪れてようやく今の場所に至ったらしい。

「メリが誰よりも先に行って、化け物を見つけてくれたり、村を見つけてくれたりと大活躍だったんですよ!」

 そう嬉しそうに言うセレナに、

「迷惑をかけた」

 身体は動かないので言葉だけで謝罪をすると。

「迷惑だなんて……。露草さんは私の村も、メリの村も救ってくださいました。この程度の事、なんてことないです」

 そう言ってくれた。
 私など、化け物一体を倒すので精一杯だというのに、こうして労ってくれる。
 セレナは、確実に私の中で支えとなっている。

「それで? この村には化け物は来ていないのか?」
「はい。……ただ――」
「時間の問題、と」

 考えればわかる事だ。
 この場所で私が休めているという事は、この村にはまだ化け物の手が届いていない。
 もっと言えば、これよりも手前の村で足止めをしてくれているのだろう。
 恐らく、大勢の人間が。
 そうなると、必然私のやることも決まってくる。

「『奇跡』よ! その力が真ならば、私の身体をたちまち治癒して見せよ!!」

 そう言って自分の胸に手を当てる。
 ――。

「露草さん?」

 だが、何も起きない。
 『奇跡』では、自分は治せないという事か?
 そう思った時、ふと、自分の状態に気が付いた。

「セレナ、私の刀は?」

 腰に下げていた刀が外されていたのだ。
 恐らく、寝かせるに際し邪魔だったのだろう。

「ここにありますけど……」

 そう言って脇に置いてあった私の刀を差しだしてくるセレナ。
 私は覚えている。
 この刀に、あの鳥が入り込んだのを。
 そしてあの鳥は、私の身体の中にも入りこんだことがある。
 それは、私が『奇跡』を使えるようになる瞬間。
 そこから考えるに、あの鳥こそが、『奇跡』をもたらす存在なのではないだろうか?
 刀を鞘に入れたまま、腹に押し当て。

「『奇跡』よ! 私の身体を治したまえ!!」

 今一度叫ぶ。
 すると――。

「キャッ!?」

 突如として刀が光始め、その光が私の方へと移動してくる。
 そして……。

「露草さん?」

 セレナが眩しさに慣れ、顔を覆っていた腕をどけるころには、私の身体はすっかり治っており。

「すぐに皆の下へ向かう! セレナ! 案内してくれ!」

 立ち上がり、セレナへ力強く言った直後。
 グぅ~~~。
 大きく間抜けな音が、部屋の中に響き渡る。 
 …………。

「その……何か食べるものは用意出来るだろうか?」
「ふふ。『ソー』ならすぐに用意出来ますよ?」
「すまない」

 は、腹が減っては戦は出来ん!!

 セレナ特製の『ソー』を平らげ、腰に刀を差し。
 セレナと顔を見合わせて、二人で小さく頷いて。
 欲を言えば、搗栗や打ち鮑、昆布などが欲しい所ではあるが仕方ない。
 験を担いだところで勝てぬ相手には勝てぬのだ。

「ではセレナ、これより前の村に案内してくれるか?」
「はい。あ、でも――」

 何かに気が付いたらしいセレナが何やら言い淀む。
 すると、

「おい!? もう起きて大丈夫なのかよ!?」

 慌ただしく部屋に入って来たのはメリ。
 メリは私の身体をジロジロと観察し、

「本当に大丈夫なのか?」

 首を傾げながら尋ねてくる。

「大丈夫だ。心配かけたな」
「別に! 心配なんてしてねぇよ!!」
「数分おきに様子を伺いに来てたんですよ? 露草さんの事がよっぽど心配だったみたいで」
「言うなよ!!」

 何やら賑やかになってきたが、こうしている間にも様々な村の人たちが失われるかもしれないのだ。
 無事に戻って来てから存分にやろうぞ。

「メリ、一刻を争う。最短距離で一番近い村――あの化け物たちが居る村まで案内してくれ」
「ふん! 回復したばっかで見失うんじゃねぇぞ!?」
「私に追い越されぬようにな」
「止まってくれって言ったって止まってやらねーからな!!」

 そう言うと、メリは部屋を飛び出して駆けだしてしまう。

「セレナ、行くぞ!」
「はい!!」

 本来であれば、セレナは待たせていた方が良かったかもしれない。
 だが、この時の私はセレナについて来てほしいと思ったのだ。
 何か嫌な予感がしたのもある。
 それでも、セレナが側にいるという安心感に比べれば、そんな嫌な予感も些細な事に過ぎなかった。

「止まれ!」

 メリの案内の下、近くの村へと向かっていると、突然メリからそう言われ。
 言われた通りに立ち止まり、メリの視線の先を追ってみると――。
 そこには、周囲を見渡しながら歩いている化け物たちが。

「間に合わなかったみたいだな……」

 拳を握り、唇を噛み締め。
 悔しそうに言うメリに、思わず謝罪の言葉を口にしかけると。

「こっちに来るぞ!」

 言葉を発する前に、メリに手を引かれて脇の岩陰へ。

「ここの近くに恐らく化け物が三体居やがる。……やれるか?」

 力強い視線でそう尋ねられ、思わず頷いて。

「だったら……頼む。俺にはあいつらを倒す力はない。頼むよ――みんなの仇、取ってきてくれよ……」

 水分を含んだ声で頭を下げられ、頼まれ。

「わ、私からもお願いします!!」

 と、セレナもメリに続く。
 私は二人の顔を交互に見て、ゆっくり、ゆっくり頷くと。
 一言。

「任せられよ」

 そう発し、岩陰から躍り出る。

「二人とも、危険を感じたら即座に逃げるんだぞ」
「分かってるって」
「私は信じてますから!」

 鼻の頭をかきながら笑うメリと、やっぱり強い視線のまま私を見つめるセレナに背を向け。
 私に気が付き、走ってきた化け物を睨みつける。

「やぁやぁ我こそは! 天に輝く太陽の使者! 露草四郎時貞なり!! 人を狩る異形の化け物どもよ!! その蛮行ももはやここまで!! 大人しく我が光刀の錆となるがいい!!」

 名乗りを上げるも、当然のように化け物は動きを止めずにこちらへ走ってくる。
 倒れる前までの私なら慌てていただろうが、今は違う。
 明確に、太刀打ちできる術を身に着けたのだから。

「いざ! 推して参る!! 『奇跡』よ!!」

 刀を抜き、その刀身に触れて言葉を放つと、刀からまばゆい輝きが。
 その事を横目で確認し、化け物へと走り出す。
 交差は一瞬。ゆえに、打ち込む瞬間も。
 化け物の拳を最小の動きで避け、首元へと刀を走らせる。
 ……手応えが薄い。踏み込みが浅かったか。
 振り返り、ふたたび化け物と相対すると、化け物は斬られた首元を押さえ、不思議そうに首を傾げ。

「ウガァァァーーーッ!!」

 反撃されると思っていなかったのか、天をも轟かす声を上げ怒りをあらわにし。
 台地が凹むほどの踏み込みをもって、こちらに跳躍。
 殴るでも、突進でもないその動きは、私を捕らえようとする動きだろう。
 だが、

「行動全てが直線的すぎる」

 殴打も、突進も、真っ直ぐすぎるそれらの動きは、初動さえ見逃さなければ問題ない。
 両腕を広げ、物凄い速度で迫ってくる化け物。
 その片腕を、迎えるように刀を振り下ろし。
 先ほどと違う、強い手応えを感じ、振り返る。
 両腕を広げた化け物の延長線上に、確かに私はいた。
 しかし、向かってくる腕を切り落としさえすれば、私を捕らえることは出来ない。

「うがっ!?」

 切り落とされた腕の断面から、青色の血が吹き出たことで、ようやく腕が切り落とされたと理解したのだろう。
 化け物は、驚いたように切り落とされ、転がった腕を見つけると、それを拾おうとしたのか走り出し。
 数歩歩いたところでよろけて倒れてしまう。
 いきなり片腕という軽くない部位を失ったのだ。
 重心が偏り、これまで通りに走れるはずもない。

「まずは一体」

 転び、片腕で起き上がろうとする化け物へそう声をかけ。
 一閃において、首と胴体を切り離す。
 残り二体。
 ――と、突如として私の足元に影が落ち。
 低いうなり声が聞こえ、咄嗟に横に飛ぶ。
 すると……。
 グチャリ、と、肉が潰れる音がした。
 どうやら、先程倒した化け物の死体を、新たな化け物が殴り、潰した音らしい。
 当然のように、そこはつい先ほどまで私が立っていた場所である。
 影を見て咄嗟に飛んで正解だった。でなければ、今頃あの拳に潰されてしまっていただろう。

「休ませてはくれぬか」

 メリから数を聞いたとき、こうなることは予測していた。
 最初の化け物との戦闘中にも、化け物が咆哮を上げた時に連戦、あるいは一対多になるだろうと。
 だからこそ、連戦の覚悟の上。
 『奇跡』の力があれば、後れを取る事も無い。

「いざ――参る!!」

 化け物の動きは単調。ゆえに、簡単に切り伏せることが出来る。
 そう思い、刀を構えて走った私に。
 化け物は、ニタァと笑い、近くにあった岩を掴み持ち上げ放り投げ。
 私を近寄らせまいと牽制。

「なっ!?」

 咄嗟に躱すも、一瞬だけ視界から化け物を逃してしまい。
 岩を避け、体勢を整えるも化け物の位置が把握できない。
 マズイな。とにかく場所を把握せねば、不意打ちの一撃でやられてしまいかねん。
 まずは呼吸を落ち着け、耳を澄まし。
 周囲を見渡すが、遠くでこちらに向けて走ってくる化け物が一体しか見つからず。
 足音も、耳には届かない。
 ――であるならば、考えられるのは一つのみ。

「そこかっ!!」

 自分で投げた岩の影。
 私の近くに作り上げた、新たな死角。
 その場所に、身を潜めている。
 そう確信し、一歩を踏み込んで。
 身を大きく捻りながら、回転の勢いを利用して一閃を見舞うと。

「グガァァァッ!?」

 強い手応えと、化け物の悲鳴。
 こうなれば、間髪入れずに攻めるのみ。
 どこが斬れたかを確認する事も無く、ただ一つ、全力を込めて刀を振り下ろす。

「ギャンッ!!」

 その一撃は、化け物の左肩から斜めに切断するものとなり。
 断末魔の悲鳴を短く上げ、膝をついた化け物の死体は。
 僅かの衝撃を地面に伝えながら、数度震えて動かなくなる。
 残り一体。
 ――と、

「露草さん!! 後ろ!!」

 隠れていたはずのセレナの声が響く。
 慌てて振り返ると、私と同じくらいの丈の岩がこちらに向かってきており。
 最後の化け物がこちらに投げた岩だという事は分かった。
 だが、その大きさがあまりにも大きすぎ、さらには気が付くのも遅れてしまった。
 直撃する! と思った時、不意に身体が勝手に動く。
 ギンッ!! という鋭い音の下、飛来していた岩を真っ二つに一太刀で切断し。
 私の両脇に、岩が着地。
 ……岩を斬った? もはやおとぎ話や伝承でしか聞かない事だが……。
 これも、『奇跡』だというのか?

「すっげ……」

 一連を見ていたのであろうメリが呟くが、正直驚いているのは私も同じだ。
 だが、呆け続ける訳にもいかない。
 最後の化け物が、もうそこまで近づいてきている。

「貴様で最後だ!」

 地を蹴り、風を纏い。
 腕を振りかぶる化け物に肉薄すると、勢いそのままに逆袈裟にて斬り上げて。
 あっさりと化け物を両断し、刀の光が消える。
 ここで気が付いたのだが、『奇跡』が不必要な場面では光らないのだな。
 刀も、私も。

「露草さん!!」
「兄ちゃん!!」

 最後の化け物が倒れたのを見て、私の下へと駆けてくるセレナとメリ。
 その二人へ振り返る――と同時に襲ってくる疲労感。
 がっくりと全身の力が抜け、思わず刀を地面に突き立てて支えとし。
 驚く二人に手を上げ、心配しないようにと示し。

「『奇跡』の力を行使した反動だろう」

 と、化け物にやられたわけではない事を伝える。
 ホッと胸を撫で下ろす二人だが、それでも疲労が蓄積している事には変わらない。

「とにかく、村に戻りましょう!」

 というセレナの言葉に頷いたメリは、俺の腕の下に潜り込むと。

「姉ちゃんはそっち持ってくれよな!」

 とセレナに指示を飛ばし。
 私は、二人に支えられる形で先程の村へと戻る。
 ……途中からほとんど記憶がない。
 恐らく、意識が無かったはずだ。
 そんな私を無事に送り届けてくれた二人には感謝しかないな……。

 何やら周囲が騒がしく目が覚める。

「本当にもうスゲーんだぜ! 化け物三体を相手にしながら兄ちゃんの大立ち回りよ!!」
「結局その三体も、一回も攻撃を受けることなく倒されましたし」

 耳に入る内容から察するに、恐らく先程の事を村人に伝えているのだろう。
 何やら気恥ずかしさがあるな。

「目が覚められたようですぞ!」

 と、ここで村人の誰かが私に気が付いたらしい。
 一気に視線が集まるのを感じる。

「露草さん!」

 真っ先に駆け寄ってくるセレナ。
 そして、

「お腹の方はすいていますか?」

 とにっこり尋ねてくれて。

「いつものを貰えるか?」
「はい!!」

 私は、彼女特製の『ソー』を要求。
 ご機嫌に『ソー』の準備の為に出て行ったセレナを視線だけで見送りながら、その視線を村人に移す。

「話を聞かせていただきました。化け物共を倒していただけた、と」
「いかにも。……と言っても先は三体。その前も含めてもまだ四体程しか倒せていないが」
「程ではございません。化け物にはかなわない、それが、この辺りの住人の認識でございます。ゆえに、化け物が現れた際は逃げるか隠れるかしか出来ず、口惜しい日々でございました」

 ……なるほど。思えばこの村は、これまでの村の様に謎の病に犯されているという事も無さそうだ。
 その代わり、これまでの村には無かった化け物という脅威が存在している訳か。

「厚かましいお願いだという事は重々承知しています。ですが、どうか、どうか。我らの為に、化け物どもを倒していただけませんでしょうか?」
「もちろんだ。この村にはこうして匿って貰った恩もある。この露草、皆の力となろう」

 私がそう言うと、村人たちの顔に光が差した。

「『ソー』をお持ちしました!」

 そうと決まれば腹ごしらえだ。
 腹が減っては戦は出来ぬ。

「ふぅ。これで五体か……。日々多くなるな、化け物どもは」

 村を襲ってきた異形の化け物を討伐する日々。
 その中で、私は自らの力に対しての理解を深めようとしていた。
 理由は簡単だ。今まで通りに『奇跡』の力を振るっていては、まともに戦えて化け物三体が関の山。
 三体を倒したところで強烈に襲ってきた疲労感を考えれば、そこが私の限界なのだろう。
 それ以上多い化け物に襲われればなす術無くやられてしまう。
 そして、私がやられるという事は、私が守る皆が化け物の手にかかるという事。
 そんな事……許していいはずがない。
 だからこそ、『奇跡』の力を理解し、深め。
 その力を適切に振るい、長く戦えるようにする必要があった。

「四郎様、お身体の方は……?」

 化け物が動かなくなったことを確認し、私に走り寄ってくるセレナ。
 その表情はとても不安そうだが、その不安を振り払うように私は彼女の頭を撫でる。

「問題ない。だいぶ『奇跡』の扱い方が分かってきたからな」

 私が村に匿われるようになり、ほぼ毎日のように村には化け物が来るようになった。
 だが、それは言い換えれば『奇跡』の力を振るう練習の場でもある。
 もちろん様々な事を試して戦うが、それで負けてしまっては意味がない。
 ゆえに、最新の注意を払いつつも、『奇跡』の力を見定めていった。
 中でも特に大きい発見は、『奇跡』の瞬間的な解放だ。
 刀を振るうその一瞬にのみ『奇跡』の力を乗せることで、消耗を抑えられないかという考えだったが、これが見事的中。
 『奇跡』を発動しながら戦っていたそれまでと比べ、明らかに戦闘後の消耗は少なく。
 その甲斐あって、今では化け物を五体倒してもこの通り、倒れることも、膝をつく事も無くなった。

「四郎様にばかり負担を強いてしまって……」

 不安そうな表情の後は申し訳なさそうな表情をするが、やや強めに頭を撫でることでその表情を取り払う。

「この程度負担なものか。それより、負担と言うならば村の方だろう。蓄えは……あるか」

 私を匿う村の負担を、と言いかけ、食料の保管場所の光景を思い出す。
 戸が閉まらぬほどに溢れているのだった。
 ――そして、なぜかその保管場所で麦をつついていた例の鳥も。
 皆で捕まえようとしたが、どこかへと逃げてしまったのだった。
 まぁ、あのまま捕まっていればそのまま鍋にでもされていたような勢いであったし、仕方がないと言えばそうなのだろうが。

「村の長の方も、四郎様を歓迎しておりましたよ? 四郎様が来てから、化け物に怯えることも、食料の心配をする事も無くなった、と」
「嬉しい限りだ。……だが、これがいつまで続くかは分からない」

 今の化け物どもには統制がない。
 ゆえに、少数でフラフラと村に来て暴れるだけ。
 だからこそ私一人でもなんとかなっているが、これが統率を取れる存在に牽かれるとなると話は変わってくる。
 ……奴らにそのような知能があればであるが。

「それは……四郎様がどこかに行ってしまわれるという話なのでしょうか?」

 何やら勘違いをしたセレナが私の知る限りで一番不安そうな表情をしたが、

「そんな事はしない。ただ、より強い化け物が現れないとは限らない、という事だ。……私が勝てぬような、な」

 それを笑い飛ばし、笑えない、そして、有り得ないとは言い切れない可能性を口にする。
 こう言っておけば、もしもの時に迷いなく逃げることが出来るだろう。
 それこそ、私を置いてでも。

「し、四郎様は無敵です!!」

 ……逃げないかもしれない。
 私が無敵など……。無敵というのは軍神と謳われた上杉謙信公や、東国無双の本多忠勝。
 西国無双の立花宗茂らに相応しい称号であろうに。
 そんな者たちと肩を並べられるほど、私は武に突出していない。
 それでも、出来うる限りこの村を――この者たちを守ると決めた。

「セレナ」
「はい!」
「覚えておいてくれ。もし私が敵わぬような化け物が出てきたとしたら」
「四郎様……?」
「その時は、メリと二人ででも可能な限り逃げてくれ」

 だからこそ、伝えなければならぬ。
 もしも、の場合を。

「……」
「そう不安そうな顔をするな。もちろんそうならぬように努めるし、私もバカではない。勝てる見込みのない敵には退却を選択するさ」

 もちろん、退却を選択出来る状況ならばであるが。
 今後どのような場合を想定しても、私が殿をしなければならないだろう。
 そうなった場合は……先の通り。
 せめて願わくば、セレナだけでも生き残って欲しいものだ。

「ここに居りましたか! 四郎さん! 至急伝えたいことがあると長老が」

 と、私を探していたらしい村人がやってきた。 
 伝えたい事とは?
 しかも至急とは、何か嫌な予感がする……。
 とりあえずその村人について行き、長老のもとへ。
 私が到着するとそこには……。

「おお、四郎さん。今から探そうかと思っていた所だったのですよ」

 長老と、ボロボロな姿の人物が一人。
 そのボロボロの人物は見慣れぬ顔で、少なくともこの村の住人ではないことだけが分かったが。
 一体何であろうか?

「わ、私は――、こ、こ、ここより西の村の者なのですが」

 村長に背中を押され、話し始めたボロボロの人物は、まずはそう前置きし。

「わ、私の村に、光の使者様が来られたのです!!」

 と叫んだ。
 村の者たちがどよめき、セレナは信じられないと目を剥いて。
 メリが、

「あり得ねぇ」

 と一蹴したその叫び。
 正直、私も信じられないという気持ちはあった。
 だが、そもそも光の使者が一人という伝承ではなかったはず。
 ならば、私のような光の使者が他に居ても不思議ではないだろう。

「それで? 何故あなたはこの村に来たのだ?」

 叫んだままの人物へ核心を尋ねた。
 そもそも光の使者が村に来たのならば、この村に来る必要などない。
 自分の村で、光の使者を頼ればいいだけの話だ。
 であるのにもかかわらず、こうしてこの村に来ている理由は?

「それが……。ひ、光の使者様の事を嗅ぎつけたか、大量の化け物どもが村を襲いまして」

 ……なんだと?
 化け物が光の使者の事を嗅ぎつける?
 そんなことがあるのか……?

「ば、化け物は光の使者様が食い止め、我らを逃がしてくださいました。しかし、あのままでは光の使者様が……」

 そう言ったボロボロの人物は私のもとへと駆け寄ると。

「お願いです! あなたも光の使者様なのでしょう? 同じ光の使者様をお助けください!!」

 膝をつき、頭を下げ、懇願された。
 ……無論だ。
 正直私一人では限界を感じていたのだ。
 一人でも仲間が増えるのならば心強い。

「すぐに向かう。案内を頼むぞ」

 手を取り、顔を上げさせ。
 その顔を真っすぐに見ながらそう言うと。

「ありがとうございます! ありがとうございます!!」

 と、何度もお礼を言いながら涙を流した。
 そして、

「こちらです!!」

 服の袖で涙を拭うと、ボロボロの人物は走り始める。
 私はセレナとメリの顔を見て、一度軽く頷くと。
 村を頼むと目線で伝え、先に行った人物を見失わないように走り出した。

「ここに四郎様ではない光の使者様がいらっしゃるのですね?」

 ……伝わらなかったか。
 セレナには、ハッキリと口頭で説明した方がよさそうだな。
 まぁ、ついて来たのならば仕方がないか。
 このまま帰すわけにもいかない。
 帰路に化け物たちに襲われないとも限らないからな。

「でもよ、おかしくねぇか?」

 ……メリまでついて来ているのか。
 いや、もう私がハッキリと言わなかったのが悪いのだ。
 とやかく言うまい。

「メリ? 何がおかしいのですか?」
「だってさ? 話じゃあ光の使者様はあんたらを逃がすために化け物と戦ってるんだろ?」
「その筈ですが……」
「でも、村は静まり返ってて、とても化け物と戦ってるような気配は感じねぇぞ?」
「確かに」

 メリの言う通りだ。
 この村の者が我らの居た村を訪問し、話をしてこの村に戻る。
 それだけの時間があれば、化け物を倒すことは可能。
 ――ただし、それは化け物が少数の場合だ。
 だが話では大量の化け物が襲ってきたという。
 大量というのがどれほどの数かは定かではないが、それでも楽に倒しきれる数ではないはず。
 もし倒せるならば、私を呼びよせる必要などなかったのだから。

「注意せよ。まだ近くに化け物が居るかも分からんぞ」

 三人に注意を促し、私も周囲に気を配る。
 シンとした空気の中、嫌な汗が頬を伝い……。
 ガサッ……。
 と、物音。
 音の発生源は――メリのすぐ後ろ!

「メリ!!」

 手を伸ばしてメリの首根っこを掴み、力任せに引いて無理やり音から遠ざけて。

「ちょっ!? わっ!?」

 なされるがままに移動したメリと変わる様に私が音源へと近づく。
 そのまま音源をジッと睨み、刀を抜いていつでも戦える状態で待っていると……。

「待ってくれ待ってくれ! わしゃあ敵じゃない!!」

 村の建物の陰。
 そこから出てきたのは……。
 十文字槍を握った男性であり。

「使者様!! 無事だったのですね!!」

 ここまで案内した人物がそう呼んだことで、この村に現れた光の使者だと把握。
 背丈は私と同じくらいか。ただ、頬や首に傷が目立つな。
 この世界での傷か? それとも……。
 ひとまずは化け物ではなかったと安堵し、刀を納めようとした――その時。

「うがぁっ?」

 この村の使者が出てきた建物の陰。
 その更に奥から、化け物が顔を覗かせた。
 視線が合い、刀を握る手に力が入り。
 それに対し、ニタァッと笑う化け物。
 そんな化け物へ斬りかかろうと踏み込んだ時、

「わしも手伝うぞ!!」

 この村の使者が横に並び。

「ガァウッ!!」

 私ともう一人の使者を狙う化け物の殴打を、それぞれ左右に飛んで回避。
 私が左。この村の使者が右。
 そうして狙いを分散させると、初めに化け物が狙ったのはこの村の使者の方。
 得物が槍で攻撃の届く距離が長いのを理解したのか、はたまたそんな知能はなくただこれまでの標的が彼だったからなのか。
 ともあれ、私に背を晒したことを後悔するがいい。
 無論、あの世でだが。

「『奇跡』よ!!」

 刀を振りかぶり、化け物の首に向けて振り下ろす瞬間。
 刀を握る手と、振り下ろす刀を意識して『奇跡』を願えば。
 瞬間的に刀と私の手に光が宿る。
 こうして『奇跡』の範囲を絞ることで、継続戦闘が可能となった。
 ――だが、

「ウガァァァッ!!」

 私の刃が届く寸前。
 化け物は、身体を回転させ腕を振り回し。
 化け物目前に迫っていた私に攻撃を……。

「あぶねぇ!! 『斬り落とせ』!!」

 化け物の攻撃――振り回した腕が私に当たるその瞬間。
 この村の使者が放った十文字槍の突きは、そもそも化け物の身体を捉えておらず。
 この時に気が付いたのだが、化け物が体を回転させたのはこの突きを躱すため。
 ――であるはずなのに、

「ギャウッ!!」

 化け物の腕は、私にぶつかる寸前に斬り落とされ、あらぬ方向へと飛んで行った。
 ……いや、待て。
 色々とおかし過ぎる。待て。
 そもそも十文字槍は突いてどうこうする武器ではない。
 突いた後に引いて、その時に掻っ斬るものだ。
 それ以前に、化け物の腕は槍のどこにも触れていないのだ。
 なのに……。なのに……。

「『奇跡』を使うかどうかじゃねぇ!! 『奇跡』でどうしたいかを口に出すんだ!!」

 理解の追い付いていない私へ、この村の使者が鋭い声を飛ばす。
 『奇跡』で……どうしたいか?
 絶対に当たると思っていた化け物の腕。
 それから少しでも身を守るために体勢を崩したが、その行為はもはや不必要。
 ならば、と力強く踏み込み体勢を構え直し。

「『両断せよ』!!」

 先ほどのこの村の使者の言葉を真似し、『奇跡』を願うのではなく、『奇跡』によりどうなって欲しいか、を強く口にすると。

「ガッ!!」

 重く、鈍い感覚が刀から柄へ。柄から腕へ。
 異様なほどの手応えとなり、伝わったその結果……。

「うへぇ……」

 化け物は、胴体が奇麗に二分されていた。
 その断面を見てしまったのであろうこの村の使者が、口元を押さえていたが、確かにあまり見ていて気持ちがいいものではないな。
 化け物の死体を建物の陰に蹴飛ばし、セレナたちを確認。
 うむ、怪我無く無事だな。何よりだ。

「ふぃー。にしても助かったぜ。もうずっと戦いっぱなしでな、そろそろ休みたかったんだ」

 そう言った村の使者は、私に握手を求めてきて。
 その握手に応じれば、

「わしゃあ木綿じゃ」

 いきなりの自己紹介。

「……木綿?」
「そう、木綿。丈夫じゃろ? わしゃあ産まれてこのかた、怪我も病気も一切無い。元の世界じゃ足軽じゃったが、常に最前線で戦って、常に生きて戻って来とった。ついたあだ名が木綿丈夫。だから木綿じゃ」

 と、大きな声で木綿と呼ばれるようになった経緯を説明された。
 ……ふむ。木綿か。
 はて? どこかでそう呼ばれていた人物に覚えがある様な……?

「それで? お主の名は?」
「ああ、遅れて申し訳ない。私は露草。露草四郎だ」
「姓があるのか! ならいい家に産まれた武将様じゃな!!」
「あ、いえ、そうではなく……」
「隠すな隠すな! それでそれで? お主は――待て。話の続きは後じゃ」

 肩を組み、変わらず大きな声で私の話をしようとした木綿殿は。
 急に声から遊びが無くなり、低く唸るような声になると。

「わしの大声に反応したか? 化け物が寄ってくるわ。武器を構えい」

 そう私に促して。
 強く柄を握りしめ、化け物が現れるのを待つ。
 すると……、

「まずい……っ!? 逃げろ!!」

 化け物を警戒し、周囲を見渡していると、私たちの居る所に大きな影が出来て。
 慌てた木綿殿が声を出すも、すでに頭上には巨大な岩。
 我らの背丈を優に越す、巨大な岩が眼前へと迫っていた。
 ――だが、

「『断ち斬れ』!!」

 既に岩を斬れるのは体験済み。
 であるならば、先程教わった『奇跡』の結果を強く叫べば。

「なっ!?」

 木綿殿は驚いているようだ。
 実際、重い手応えではあった――が、こうして岩を真っ二つに出来る。
 そして、

「気が付かぬわけが無かろう!! 『討ち取れ』!!」

 その巨大な岩の陰、我らの死角になる場所を選んで走って来ていた化け物の首を落とす。

「まだおるぞ! 油断するな!! 『貫け』!!」

 木綿殿もどうやら応戦し始めたようだ。
 それにしても、木綿殿はああして一度の刺突で化け物を葬っているというのに、まだここまでの数が残っているのか。
 村から村へ移動し、さらに元居た村へ戻る。
 その往復の時間を戦ってなお、これだけ化け物がいるとは……。
 一体、どれほどの化け物がここを襲ったというのだ?

「……ふぅ。とりあえず気配は消えたな」

 木綿殿と化け物を倒し続ける事、半刻ほど。
 ようやく私たちのもとへ押し寄せる化け物たちが居なくなり、一息つく。
 この村に到着して戦い続きだったが、何とか堪えることが出来たようだ。
 セレナたちは……。

「四郎様? もう大丈夫でしょうか?」

 私たちの居る場所のすぐ後ろにある建物。
 その陰から顔だけを覗かせて尋ねてきた。

「もう大丈夫だろう、気配は消えた」

 そう言うと、皆恐る恐る出てきて、

「うわっ……すげぇ数! これ二人で倒したってのか!?」
「こ、こんな量を……」

 私と木綿殿とで倒した化け物の死体が山のようになっているのを見て驚く三人。
 倒す時は夢中だったが、こうして冷静になってみると確かにすごい量だ。
 よく戦い通せたものよ。

「四郎って言ったか? だいぶ筋がいいな!」
「木綿殿こそ。私たちが到着するまでも戦っていたのだろうに――」

 そう言うと、

「あー……そりゃあな……」

 と、何故か目を逸らして頬を掻き始める木綿殿。
 そして、

「内緒にしといてくれ。一人だと隠れたり逃げたりが簡単だからよ。逃げて隠れて不意打ちで倒してまた逃げてを繰り返してたのさ」

 耳打ちされた。
 う、う~む。……いや、個対多の戦いにおいて、それは確かに正解なのではあるが……。
 胸を張っては言えぬよな。
 分かった。私の胸の中にだけ留めておくとしよう。

「それで? 一応村は守れたわけだが、荒らされてないわけじゃねぇ。ここに戻ってくるのかい?」
「それなのですが、もちろんここには戻ります。ただ、化け物に壊された建物も多く、何より食料の備蓄が全て食い荒らされております。このままここに戻っても、飢えるだけでしょう」

 流石に限界だと座り込んだ木綿殿がこの村の者に尋ねるとそのような答えが。
 まぁ、その通りであろう。

「なので、今助けて貰っている村に頼み込み、人手と食料をお願いできればと……」
「なるほどな。とりあえずはその村に行かないとどうにもならねえんだろ?」
「は、はい……」
「というわけだ四郎。世話になるが構わねぇよな?」

 何故私に振る。
 そのような話は、村に戻って村長と話を付けるべきだろうに。

「どうせお前も光の使者として村を救って英雄扱いされてんだろ? そいつの口からこいつらをよろしくといわれりゃ、村の連中は無下には出来んよな?」
「私を利用すると?」
「頼むよ! さっき『奇跡』の振るい方を教えてやっただろ? その借りを返すと思ってさぁ!」

 う、ううむ……。
 美味く丸め込まれた気がしなくもないが、確かに木綿殿のおかげで『奇跡』の使い方がまた深まったのは事実であるし……。

「わ、分かった。ただ、それでも村長が無理と言うなら潔く退くのだぞ?」
「わーってるわーってる。んじゃ行こうぜ、お前の村に。わしゃあもう腹がすき過ぎて背中と入れ替わっちまうところだ」

 そう言って一人で歩き始める木綿殿。
 私の村じゃない。あと、

「そ、そっちじゃありませんよ!?」

 セレナ殿が言うように、村はそっちじゃない。
 見当違いのほうに歩くでないよまったく……。

「いやぁ美味い美味い!! こんな馳走にありつけるとは感謝感謝よなぁ!!」

 これまでの倍ほどの声量でそう叫ぶ木綿殿。
 木綿殿は『ソー』を食しているだけなのだが、先程から一口すすれば膝を打って美味だと叫ぶ。
 それに釣られてか、先程化け物たちを倒した村からの避難者たちも美味い美味いと言って『ソー』を食べていた。
 ……いや、釣られたわけではないな。
 『ソー』はしっかり美味い。
 今食べている私が言うのだ。その味は間違いがない。

「それにしても、あの村は備蓄がほとんどなかったが、この村には備蓄が潤沢にあるのか?」

 しっかりと『ソー』を三倍もお代わりした後、木綿殿がそう聞いてきた。
 備蓄が潤沢にあるというか……。

「どうも『奇跡』の力で穀物が増やせるようなのだ。なので、備蓄庫にあった僅かばかりの麦が、こうして大勢に振舞っても余りあるほどに溢れている」

 と、説明すると。

「なんだと!?」

 木綿殿は目を大きく見開いて。

「『奇跡』にそのような力もあるのか!?」

 いきなり私に詰め寄ってきた。

「近い近い!! あるのかも何も、私にも分からん。ただ、『奇跡』を授かった時の鳥が居ただろう? あれが麦をつつくと爆発的に増えるのだ!」
「鳥? 何の話をしている? 『奇跡』の力は天より賜るものだろう?」
「? だからその天より『奇跡』を賜った時に、体の中に入った鳥が居ただろう?」
「だから! 天より賜った時は周囲は光で満ち、鳥など居もしなかった!!」

 ううむ? 私と木綿殿とでは『奇跡』を身に宿した時の状況が違う?
 一体どうなっているのだ?

「……まぁいいわ。わしが受け取った『奇跡』は先ほど見たであろう? 一定の範囲内であれば触れずとも貫いたり、斬り落としたりすることが出来る。そのような感じで、四郎の『奇跡』は麦を増やすのだろう」

 と、何やら一人で納得し始めた。

「『奇跡』とは受けた人物で変わるものなのか?」
「知らぬわ! そもそもわし以外の光の使者に会ったのはお前が初じゃ!」
「私もそうだ。……しかし、そうか。光の使者ごとに違う形の『奇跡』を宿している可能性があるのか……」

 あまりにも情報が少なく、憶測の域を越えぬが。
 ……私の『奇跡』が、皆を喜ばせる『奇跡』で良かった。
 いや、木綿殿のように化け物たちを手早く倒せるような『奇跡』ももちろん良いのだろうが。
 私はやはり、皆が笑顔になるような『奇跡』が似合っているように思う。
 元々虐げられる人々を見て救おうと挙兵した身だ。
 その者たちを、笑顔にしたかった……。

「何を暗い顔をしておる! そんな顔していたら周りが不安になるだろうが!!」

 突然、木綿殿に背中を叩かれた。
 驚き木綿殿を見れば、木綿殿はニカッと笑顔を見せ。

「『奇跡』を賜った使者が暗い顔をしてはならん! こうして太陽の如く輝く笑顔を見せねばならんのだ!」

 そう言って私の頬を引っ張ってくる。

「ほら笑え! 四郎よ!! 笑え!!」
「いひゃい! あまりらんほうにふうな!!」

 私の頬を引っ張り、無理にでも笑顔にしようとする木綿殿と組み合っていると、それを見た村人たちが笑い始めた。
 ……そうだな。私はともかく、皆は笑顔の方が似合っている。

「そう言えば四郎、知っているか?」
「? 何をだ?」

 皆の笑顔に囲まれていると、木綿殿が私にしか聞こえぬ声量で話しかけてきて。
 それに倣い、小さな声で聞き返せば。

「どこだかは知らんが、かつてこの地に訪れた光の使者を弔い、祀った村があるそうだ」

 と。

「光の使者を……弔った?」
「そうだ。そこには、わしらに関わる何かがあると思わんか?」
「……確証はないが、気にはなるな」
「であろう? どうだ? 共にその場所を探してみんか?」

 探す……探す、か。
 となるとこの村を離れることになる。
 もしも私がこの村を離れ、その間に化け物たちがこの村を襲ったとしたら……。

「お前の考えている事は分かるが、そもそもわしらが来る前は普通に暮らしていたんだ。ならば、我らが離れたとて元の生活に戻るだけの事」
「そうかもしれぬが……」
「それに、だ。わしはこの化け物たちを生み出している親玉が居ると睨んでいる。その親玉を倒せば、化け物たちも消えるだろうとも、な」
「なんだと?」
「それを探るためにも、わしらは情報が欲しい。どんな些細な情報でもだ。その情報を集めに行きたいのだ。だが、一人では心許ない。先の村のように、束でかかられては逃げ隠れるしかない。だが、四郎。お前が共に来るならば別だ」

 木綿殿が力強く、真っ直ぐに私を見つめてくる。
 その瞳に、覚悟の炎を宿して。

「共に、この世界ごと救おうぞ……」

 私は、その言葉に心を打たれた。
 人ではなく、村でもなく。世界ごと救う、と言ってのけたその言葉に。

「相分かった。木綿殿の意思、確かに伝わった」
「であるならば!?」
「不肖ながら露草四郎時貞、木綿殿にお供致す」
「四郎……」

 そうして私は、木綿殿と固い握手を交わし。
 日が暮れてきたという事で眠りにつくことに。
 翌朝、村人たちに事情を伝え、何か情報を知る者が居ないか確認し。
 私と木綿殿は、光の使者を弔ったと言われる村を目指して旅をすることになった。

「しっかし、光の使者を弔ったという話は知っていても、具体的にどこで弔ったかを誰も知らんとはなぁ」
「伝承のみが伝わり、実際にはそのような村は無い、などという事にならなければよいが」
「大丈夫です! きっとその村は実在しますとも!!」
「そーそー。じゃないと俺らの耳に入って来ねーよ」

 ……なぜ当たり前にセレナやメリがついて来ているのだ?
 しかもそれを木綿殿は気にも留めていないようであるし。

「すまん、何故二人が共に?」
「私が帰る場所は四郎様の所です! すなわち、いかなる場合においても四郎様のお傍に居るという事!!」

 いや、そう胸を張って言われても。

「そうだぜ。俺の村はもう戻れねぇしな。あの村じゃよそ者ってわけで居心地が悪くって。だったら四郎のにーちゃんのとこの方が落ち着くってもんだ」

 メリも、そのような事を言っているし。
 それを聞いた木綿殿は笑っているぞ……。

「はっはっは。良いではないか。危険であると承知して旅に参加したのだ。中々肝が据わった娘と童よ。それに、旅であるなら賑やかな方が良い」
「むぅ……。二人とも、私や木綿殿がやられたら即座に逃げるのだぞ?」
「四郎様は無敵です!!」
「あたぼうよ! 俺は命を捨てる気はねぇからな!!」

 ……セレナは聞き分けが悪いな。
 こればっかりはメリを見習ってほしい所だ。

「それと、私や木綿殿の指示をよく聞くのだぞ」
「「はい!!」」

 こっちを素直に聞いてくれるならば良いか。
 あとは最悪の事態にならぬ事を祈るだけだ。

「む? 四郎よ。早速最初の村が見えてきたぞ」

 と、指を差す木綿殿。
 ……すまぬが見えぬ。
 点とすら認識出来ぬぞ。

「まずは聞き込みだ! 行くぞ四郎!!」

 駆け出した木綿殿を追い、

「セレナ! メリ! 遅れるなよ!?」
「はい!!」
「任せとけって!!」

 私は二人に声を掛け、走り出したのだった。

「待たんか! この罰当たり共が!!」
「だから!! 誤解だって言ってるだろうが!!!」
「まずは我々の話を聞いてくれ!!」
「黙れ!! 今日という今日は逃がさんぞ泉泥棒めが!!」

 そう言って私達を追いかけてくる老人。
 なぜこのような事になっているのか、話は少し前に遡る。

 村を見つけ、その村へとお邪魔すると。

「あれは……?」

 セレナが指を差した先には……。

「ありゃあ化け物か?」

 と木綿殿が言うほど、おおよそ人とはかけ離れた存在が居り。
 薄緑色をした肌に、ポコリと不自然に膨らんだお腹。
 全身が弛み、皺だらけであり、瞳には光がなく、どこか虚空を見つめながら歩き回っていた。
 ……本当に化け物なのだろうか?

「化け物なら斬るしかないが……」
「待ってください! あちらにも、似たような方が……」

 今にも斬りかかりそうな木綿殿を止め、さらにセレナが指差した方には。
 先ほど発見した亡者のような存在が、無数に存在していた。
 ……これは、もしかすると――。

「まさか、こいつらが村人とか言うんじゃねぇだろうな?」

 メリが口にした可能性だが、私もそれが正解のように思える。
 第一、これまでの化け物なら、私たちが村に入った時点で襲ってきている。
 しかし、この亡者のような存在はそれがない。
 というか、襲って来ようという気配がない。
 ……であるならば、

「この者達に、『奇跡』が通用しないだろうか?」

 そう口にすると、三人の視線が私に集まるのを感じた。
 そのように見られても困るのだが……。

「四郎よ……正気か? どう見ても生者とは思えんぞ?」
「だからこそ試してみるのだ。なに、もし何も起きなくても、我らに不利益はあるまい」
「……確かにな」

 そう言ってようやく槍を納めた木綿殿が、

「任せた」

 と言って私の肩を叩く。
 それにしてもこの『奇跡』という力。
 木綿殿も扱えるのであれば私の負担も減るのだがな……。

「『奇跡』よ! 我に宿り、亡者を再び生者へと戻し給え!!」

 天へ向け拳を突き上げ、そう叫べば。
 光が私の拳に宿り、その光がゆっくりと私の胸へと移動して。
 じんわりとした温かさを胸に感じ、その温かさを、目の前の亡者に放つように。

「破ァッッ!!」

 掛け声とともに、勢いよく腕を突き出すと。
 その腕から、光の束が亡者へと照射され。
 その光の束は、見る見るうちに亡者を取り囲み、程なくして全身を包むと……。

「こ、こ、これは……?」

 困惑したような声は、私のものでも、木綿殿のものでもなく。
 目の前の、光の中から聞こえてきて。
 その光が失せると、そこには――、

「信じられない……」

 先程まで亡者の様だった存在が、ごく普通の男性へと変貌していた。

「やはり……か」

 思った通り、あの亡者の様な存在は、元は村人だったようだな。

「驚いたわ」

 私の後ろで見ていた木綿殿も、亡者が村人へと姿を変えたことに目を丸くしていて。

「本当に人間に戻っちまったよ」
「流石です! 四郎様!!」

 その後ろから、メリとセレナも顔を出す。
 もしもの時に備え、木綿殿の後ろに隠れていたらしい。

「あ、貴方が! 貴方が、私を元に戻してくださったのですか!?」

 と、先程まで亡者だった男性から肩を掴まれ、大きく揺さぶられる。

「おいおい落ち着けって。元に戻れたのが嬉しいのが分かるけどよ。そんなに強く揺らしたら何も喋れんし聞き取れんぞ?」

 私の思ったことを木綿殿が伝えてくれる。
 素直に助かった。

「あ、すみません。つい……」

 木綿殿の言葉を受けて、私を揺さぶっていた男性は。
 落ち着くためにか一度深呼吸をし、再び私を真正面から見つめ。

「まずはお礼を言わせてください。ありがとうございます」

 深々とお辞儀。
 そして、

「その……出来れば、他の皆も元に戻していただけますでしょうか?」

 物凄く申し訳なさそうに、周りに居る元村人と思われる亡者たちを見ながら私に言った。

「もちろんだ。……だが、一度に全員は元に戻せぬかもしれぬぞ?」
「そ、そうなのですか!?」
「元に戻すのにも体力を使う。可能な限り気張りはするが、それでも限界というものはある」

 主に私の体力という限界が。
 幸いな事に限界を超えても死ぬという事はなく、限界を超えた時点で気を失う程度だが。
 気を失うとメリやセレナに迷惑をかけるし、何より心配させてしまうからなぁ……。
 ――待てよ? 今ならば木綿殿も居る事だし、大丈夫なのでは?
 となれば気にする事でもないのか?

「なぁ、お主、変な事を考えておらぬか?」
「……思い過ごしであろう」
「本当か? 何やら間が開いたのが気になるが……」

 意外と鋭いらしい木綿殿に言われるが、はぐらかしておいた。
 よし、早速他の亡者達を村人に戻していこう。
 なぁに、それで倒れたとしても木綿殿が居られる。
 頼りにしておるぞ、木綿殿。

「ん……ううん――?」
「目を覚まされましたか?」

 目を開けると、私の顔を覗き込んでくるセレナの顔が間近に飛び込んできた。
 ……やはりか。

「倒れたのだな?」
「はい。二十人ほど元に戻したところで……」

 あれから結局、亡者を村人へと戻すために『奇跡』を使用。
 ただ、思った通り『奇跡』の連続使用は負担が凄いらしく、気を失った、と。
 私の記憶でも二十人くらいの村人を戻した事までは覚えているので、意識は突然途切れたらしい。
 ……もう少し『奇跡』を使用出来る回数が欲しいな。

「元に戻した村人たちは?」
「亡者となっている元村人たちを隔離し、村の備蓄を確認中です」
「そうか」

 起き上がり、そこでようやくセレナが私に膝枕をしていたことに気が付いた。

「すまない。重かっただろう?」
「いえ。私に出来ることはこの位ですので……」

 そう言うセレナだが、楽ではなかっただろうに。
 それに、

「セレナは料理が作れるだろう。特に『ソー』に関しては絶品だぞ?」
「そ、そんな事は……////」

 皆の空腹を満たす、という行為は、私には無理だ。
 それこそ、セレナだからこそ出来る事だと言っても過言ではない。
 頬を赤らめ、モジモジしているセレナにその事を伝えようとした――その時。

「あー……ご両人? 仲がいいのは素晴らしいがちょっと後にして貰えるか?」

 私の休んでいた建物。
 その入口で頬を掻きながらこちらを見ていたのはメリ。

「何か報告か?」
「まぁ、そうだな。村人や木綿と確認してきたんだが、この村の備蓄はほとんどないらしい」
「そうか」
「でも、四郎様の『奇跡』があれば食料は――」
「水もないんだよ。この村には井戸がない」
「なんだと?」

 メリの報告は、この村で休息を取ることが出来ない事を示し。
 休息が取れなければ、『奇跡』を振るう事が出来ず。
 この村を救えない事を意味していた。

「であれば、この村は水をどこから調達していたのだ?」
「それが、近くに川があったらしいんだけどよ。見に行ったら干上がってやがったんだ」
「そんな……」

 一体、彼らはどれほど時間を亡者として過ごしていたのか。
 少なくとも、皮が干上がる程の時間はあのような状態だった、と。
 であれば、すぐにでも食事や水、休息を与えてやりたいところだが、肝心の水がない……。

「一応、話で聞くと泉があるにはあるらしいんだが……」
「ではその泉の水を汲めば――」
「その泉、とても神聖なものらしくてさ。とても近寄れないって」
「じゃあ、八方ふさがりという事か?」

 このような非常事態にそうも言ってられない気もするが、信仰を無視させる訳にもいかない。

「それがさ、なんで泉が神聖なのかを尋ねたら、かつて光の使者が身を清めた場所、って話が出てきてさ」

 ……これは?
 思わずセレナと顔を見合わせて。

「その情報を聞いたら、木綿が一人で走って行きやがったんだよ。だから、それの報告に来たんだ」
「メリ、案内は頼めるか?」
「おうよ! 村人から泉の場所はバッチリ聞いたし、任せてくれりゃあ迷いもしねぇさ」
「頼むぞ!」

 私は、木綿殿を追って、メリの案内の元、神聖な泉へと足早に向かった。

 で、冒頭に戻る。
 メリの案内で泉に辿り着いた私たちは、恐らく泉の水が入ってると思われる瓶を抱えて走る木綿殿に遭遇。
 何事かと聞く前に、鬼の形相で刀を持って木綿殿を追う老人が通り過ぎ、目が合って。

「貴様らもあの水泥棒の一味か!?」

 と怒鳴られ、今度は私たちを追い始め。
 そのまま水を持って村へ走ればいいのに、何故だか木綿殿も私達に合流して、一緒に追いかけられているというわけである。
 事情を話そうにも聞く耳も持たず、

「大人しく斬られろ!」

 とか言われる始末である。

「木綿殿、事情はちゃんと説明したのか?」
「事情!?」
「あの老人に、近くの村が利用していた川が干上がったゆえ、この泉の水を持ち帰りたい、と」
「しておらん。というか、わしが水を汲む時には姿が無かったのだ。水を汲み、村へ戻ろうとしたときにいつの間にか傍に立っておったのよ」
「それで水泥棒、と?」
「いや、その水をどうする気だ、と。だから、村へと持っていく、と答えたら、いきなり刀を抜いて襲ってきよった」

 むぅ……。
 一体何だというんだ……。

「な、なぁ……。いつまで走るんだ?」

 む、後ろに付いてきていたメリが苦しそうだ。
 走り続けているのだから無理もないが。

「木綿殿」
「多分同じ考えだぜ」
「私が抑えて説得を試みる」
「その間に村に届けるわ」
「では、武運を」
「こっちの台詞だ!」

 短く木綿殿とやり取りをし、作戦は決まった。
 作戦と呼べるほどの事でもないがな。
 突然に脚を止め、反転。
 脇をメリとセレナが走り抜けるのを確認し、刀を抜く。
 そして、

「観念したか!?」
「な訳が無かろう!!」

 躊躇いなく振り下ろしてくる老人の刀を受け止める。
 ――ぐっ! なんと重い……。
 老人の力か? これが?

「まずは話を聞かれよ!」
「断る!! 泥棒の言葉に耳を貸すわけが無かろう!!」
「泥棒ではない! あの水が無ければ滅ぶ村があるのだ!!」
「口だけならなんとでも言えるわ!!」

 鍔迫り合いの末、お互いに距離を取り。
 共に切っ先を向け、間合いを測る。

「我は露草四郎時貞! この地に降りた光の使者なり!!」

 名乗りを上げ、老人へと斬りかかると……。

「光の……使者?」

 老人は、それに応じる様子がなく、いきなり脱力し。

「なっ……!? き、『奇跡』よ! 『斬るな』!!」

 その様子に、思わず斬らない事を『奇跡』に念じた。
 そして、

「いたたたた……」

 振り下ろされた刀は、当然老人の身を打ったが。
 ただそれだけ。服も肌も、身も骨も。
 何一つを斬ることなく、ただ、地面を打った。

「なぜ応じなかった」

 先ほどまでの鬼気迫る表情も、老人とは思えない重い一撃も。
 それらがあれば、私の一撃など、簡単に受け止められただろう。
 だが、この老人はそれをしなかった。
 その理由を尋ねると……。

「ようやっと……ようやっと現れなすった」

 そう呟いた老人は、持っていた刀を地面に突き立て、膝からへたり込んでしまう。
 ……意味が分からない。

「あの……あなたは?」
「私はこの泉を守る者よ。かつて光の使者が訪れ、身を清め、刀を沈めたこの泉を……」
「刀を……沈めた?」

 老人の口から小さく聞こえてくるその言葉は、私の予想の完全に外にあり。
 思わず聞き返してしまう。

「然り。 かつて光の使者様はこの泉に降臨し、泥と毒と、瘴気にまみれたこの泉を清め、そして、その身を清めなさった」

 目を細め、懐かしそうに語られる、私よりも以前に来た光の使者の話に耳を傾ける。

「光の使者様は、それはそれは大きなお方だった。たった一振りの刀で化け物どもを薙ぎ払い、森を切り拓き、あらゆる村を作られた」
「村を……作った?」
「左様。化け物どもから逃げることしか出来なかった私らが村を作れたのは、ひとえに光の使者様のおかげだ」

 そこで老人はそれまで持っていた刀の方へと視線を移す。

「そうして村を作り、化け物を倒し、やることを終えたと言って、この泉へと刀を投げ入れられた。もし、また困難がこの地を襲うなら、次なる光の使者が現れよう、と。そうなった時、この刀は必要であろう、と」
「それが、その刀か?」
「いや、これは光の使者の持っていた刀を真似て私が打ったものよ。あの刀には遠く及ばん」

 そう言って立ち上がった老人は、私についてくるように言った。

「どこへ?」
「刀を……泉に沈んだ刀を引き上げる」

 そうしてついて行くと、辿り着いたのは泉のほとり。
 澄み切ったその泉の中心に、白く輝く何かがある。

「あれが……?」
「……貴方が本当に光の使者と言うならば、あの刀を引き上げることが出来よう」

 つまりは、私が本当に光の使者であるのか、試すという事なのだろう。
 しかし道具も無ければ刀は泉の底。
 ……泳いで取りに行けとでも言うのだろうか?
 いや……。

「四郎様?」

 ついて来ていたセレナが驚く中、私は、泉へ向けて一歩踏み出して。
 そうして、当たり前のように水面を歩く。
 かつて、このように水面を歩いたことがある。
 もちろんその時は、仕掛けを施したものだったが、今思えば、あれこそが私が初めて皆に見せた『奇跡』だったのだろう。
 やがて泉の中心へ来ると、ハッキリと沈んだ刀の形を把握できる。
 触れずとも分かる。振らずとも分かる。
 あの刀は……大層銘のある刀だ。
 あの刀ならば、今まで以上に化け物を討ち取れよう。
 私は、その刀が――欲しい。

「キャッ!?」
「な、なんだ!?」
「ゆ、揺れている……?」

 突如、水面が荒れ、周囲が振動し。
 地震か? と身構えるがそうではなく。
 ゆっくり、ゆっくりと泉の底から刀が浮かんできて。
 そうして、私のすぐ前まで浮かぶと、振動は消え去り。

「お前を……掴めばいいのだな」

 まるで刀に語り掛けられたかのように感じ、その思いのままに刀の柄を掴んだ。
 あぁ……馴染む。まるで、幼少のころから握っていたかのような、不思議な感覚がある。
 この刀は――間違いなく名刀であろうな。

「おぉ……真に光の使者様であられたか」

 振り返れば、老人は膝をついて頭を下げていた。

「様々な無礼をお許しくだされ。最近はこの泉を犯さんと様々な不届き者が居りまして……」
「私たちを追いかけた時も、今日という今日は、と言っていたな」
「はい。この泉の水を盗み、怪しげな祈りに使う者たちもおります」

 泉から引き上げ、陸へと戻り。
 その老人の横へ膝を付き、話を聞く。
 怪しげな祈り?

「その者たち曰く、光の使者ではなく、闇の魔王に許しを乞うのだと。そうすれば化け物が村を襲わなくなる、と」
「馬鹿馬鹿しい。あの化け物どもにそのような知性があるわけがない。村と見れば襲い、人と見れば襲うような奴らだぞ?」

 神を信仰する私が言うのもなんだが、それでも祈りを捧げる相手が間違っている。
 魔王などに乞うたところで、どれほど聞き入れてくれようものか。
 それならば、その労力を糧にあらゆる防衛手段を村に施す方が得策であろう。

「ひとまず、私が光の使者だという事は納得して頂けたな?」
「それはもう。紛れもない光の使者様にございます」
「であれば、この泉の水は好きに使うぞ?」
「は。その為にここで長年泉を守っておりました」

 そう、老人へと確認を取った時。

「四郎! 無事か!?」

 事情を知らない木綿殿が、顔を真っ赤にしながら走ってきた。
 確認したが手に瓶は無く。
 木綿殿には申し訳ないが、もう一度村へ戻って貰う必要がありそうだった。

「それでお前はその刀を手に入れたってわけか」

 あの後、全員で村に戻り。
 持てるだけの瓶を持って泉へと直行。
 瓶一杯に水を汲み、また村へと戻る。
 これを繰り返し、当面は困らない量の水を確保し。
 今は『奇跡』によって増やした麦から『ソー』を作ってもらい、村人を含めた全員で食べている所。
 まだまだ亡者のままの村人は居るが、如何せん私が回復しない事にはどうにもならない。
 実際、先程備蓄の麦を増やすだけでも軽くめまいがしたほどだ。
 今焦って亡者を戻そうとしても、一人か二人が関の山だろう。

「かつての光の使者が扱っていた刀だ。さぞ銘のある刀に違いない」
「ふーん……どれ、見せてくれんか?」

 先ほどから刀に興味を持ちっぱなしの木綿殿へ、泉から引き上げた刀を渡すと……。

「う~ん……? こりゃ之定(のさだ)か? 之定、之定……って、之定といやぁ二代目兼定じゃねぇか!!」
「?」
「知らねぇのか!? 兼定だよ兼定! 和泉守兼定で有名な!」
「む、その名は聞いたことあるな」
「聞いたことあるな、じゃねぇ!! こと刀においちゃあ文句無しで最上大業物だろうが!! なんで武将様がそんな事も知らねぇんだよ!!」

 と、何やら熱く語り始めた。
 正直、あまり刀剣においては詳しくないのだが……。

「これが泉にあったとなったらわしらより前の光の使者もある程度予想がつくな。修理進か惟任かという所か」

 何やら一人で木綿殿が言っているが、私にはまるで分らん。
 ただ静かに『ソー』を食べるのみ。

「ほら、返すぞ」
「ん、もういいのか?」

 程なくして木綿殿から刀を返された。

「わしには見合わん刀じゃ。それに、わしにはコレがあるしな」

 そう言って十文字槍を見せびらかすように動かす木綿殿。
 木綿殿も槍も業物よな。

「よし。一息ついた。また『奇跡』を振るってくるとしよう」

 そう言って立ち上がると、

「また気を失うまでか?」

 と、声を掛けられる。

「別に好きで気を失っているわけではないのだがな……。『奇跡』の力を使い過ぎるとそうなってしまうのだ」
「そうか……。ん? 待て」
「どうした?」

 元村人の亡者たちが隔離されている場所へ向かおうとすると、木綿殿に呼び止められて。

「その『奇跡』、わしの『奇跡』を使う事は出来んか?」
「どういう意味だ?」
「ほれ、お前は『奇跡』に、この者を元に戻せ、というだろう?」
「ああ」
「そこを、『この者の奇跡を用い、元に戻せ』とわしの肩に手を置くなりして言ってみるのだ。上手くいけば、四郎の『奇跡』を使わずに亡者を元に戻すことが出来るかもしれん」

 出来るのか? そんな事が。
 ……しかし、普通は出来ない事を可能にすることが『奇跡』と言うのならば、出来ても不思議はない、か?

「やるだけやってみるか」
「おうよ。わしは『奇跡』を使って気を失ったことはない。四郎よりも多くの村人を元に戻せるだろうさ」

 なんて、肩を組みながら言ってきた木綿殿と、二人で亡者たちが隔離されている場所に向かった。

「情けねぇ……」
「あまり気に病むでない」

 記録、五人。
 木綿殿の言う通り、木綿殿の『奇跡』を使用して村人に戻すことは出来た。
 出来たのだが……。

「あれだけ大口叩いておいて、五人しか元に戻せてないんじゃ面目丸つぶれじゃ!」
「いやいや何を言う。私だけで元に戻すよりも多い人数を救えたのだ。これは木綿殿の功績ぞ?」
「そ、そうか?」
「そうだ。第一、私一人でしか治せないよりも、木綿殿と二人で元に戻せるほうが効率がいい。この調子なら、明日にも村人を全員元通りに出来る」
「そうだな!」

 ふぅ……。
 どうやら立ち直ったようだ。
 正直な所、拍子抜けではあったが、背に腹は代えられないというか、それしか頼れないというか。
 少なくとも、言った通りに一人でするよりはマシなはずだ。
 ……とはいえ、二人して倒れている時に化け物が襲って来ないとも限らん。
 倒れる寸前で、『奇跡』の行使を控える必要がある、か。

「というわけで交代じゃ、四郎」
「交代?」
「おうよ。わしが倒れている間、お主は町の見回りやらをしていて休めていないだろう? その点わしは倒れて寝ていたからな。十分休んだ」

 ちなみに既に日は沈んでおり、辺りはすっかり暗くなっている。

「であればその言葉に甘えるとするか」
「そうじゃ。明日にはこの村の住人を全員元に戻すぞ!」

 と言って、木綿殿は私たちの居る建物から飛び出していった。
 ……確かに、しっかりと回復はしているようだな。

「……四郎様?」
「む、起こしてしまったか?」

 隣の部屋に寝ていたセレナが、眠そうに目を擦りながら顔を覗かせる。

「話し声が聞こえてきたので……」
「木綿殿がようやく目を覚ました。夜の間はこの村の見張りをしてくれるようだぞ」
「そうですか。……では四郎様も?」
「いや、私はこれから床に着くところだ。セレナも、まだまだ休め」
「そうします」

 そう言って、欠伸をしながら顔を引っ込めるセレナ。
 さて、私も眠るとしよう。
 ……木綿殿が倒れた後は、備蓄を増やしたり、元に戻した住人の体調を治したりと『奇跡』を使っていたからな。
 木綿殿に任せてゆっくり眠らせてもらうとしよう。

 鳥のさえずりが聞こえる。
 気持ちのいい朝だな。

「おはようございます四郎様!」
「ああ、おはよう、セレナ」

 元気なセレナの挨拶も受けたところで、建物から出ると。

「遅いぞ四郎。武士たるもの、朝日と共に起床せんか!!」

 こちらも元気な木綿殿からの声が飛んだ。

「すまぬ。昨日倒れた誰かを介抱していて疲れていたらしい」
「むっ。そう言われると何も言えんな」

 腕を組み、不満気だった木綿殿も納得してくれたようであるし、食事にしよう。

「セレナ、食事を頼めるか?」
「はい! お任せください!!」

 そう言って、元気に料理を作りに行ってくれた。

「して、四郎よ。今日の予定だが」
「村の住人を全員元に戻せるだろう。そうしたらしばらくはゆっくりだ」
「化け物が襲って来ないといいのう」
「襲ってきたら迎え撃つだけだ。……珍しいな、木綿殿がそのような事を口にするとは」

 感じた違和感。
 それは、木綿殿の弱気……とは言えないまでも、これまでを考えると不自然な発言。
 化け物と聞けば真っ先に乗り込んで倒しそうな勢いであった木綿殿から発せられた、襲って来ないといい、という言葉は。
 何故だか、私の胸にいつまでも残っていた。

「お主と居てな。少し考え方が変わったのよ。それまではわしには守るものは無かったからな。わしから襲う事もあったし、勝てそうにないなら即座に逃げた」
「今は違うと?」
「違うさ。お主と居て、槍を振るう以外の役割を見つけた。わし一人では『奇跡』で村人を元には戻せぬが、お主と居れば違う。そうしてようやくこの村は元に戻るのだ。それなのに、化け物が襲ってきては村人が巻き込まれてしまう。建物だって壊されるかもしれん。それが、わしは嫌になった」
「木綿殿……」

 木綿殿の気持ちが理解できる。
 化け物たちが襲ってきて、仮に負けないまでも。
 その戦いによって、建物が、人が、失われる可能性は十分にある。
 なるほど、それを憂いていたのだな。

「ま、もちろん、化け物が来たなら来たで容赦せぬがな」
「当然であるな」
「『ソー』、お待たせしましたー!」
「お、待っておったぞ。この『ソー』とか言う食べ物。初めは奇怪なものにしか見えなかったが、今ではご馳走にしか見えん」
「この村で取れた野菜が入ってますから、すっごく美味しいですよ!」
「身体に優しい味がしてどれだけだって食べられそうであるな」
「その通りよ! その証拠に、セレナ殿、お代わりじゃ!」
「はい。……四郎様は?」
「もちろん貰うぞ。おかわりだ」
「はい!!」

 そうして木綿殿と二人で仲良く『ソー』をたらふく食い、隔離された亡者の元へと向かった。
 向かう途中、

「ところで、この村で取れた野菜を入れたと言っていたが」
「『ソー』の事か」
「……この村には最近まで亡者しかいなかった筈だから野菜など実るはずがないよな?」

 ズズッと私に近づいてくる木綿殿。

「そ、そうだな?」
「お主、わしが倒れている間に『奇跡』を使っておったな?」
「……村人から頼まれてな。実際、野菜の有無は死活問題だ」
「いや、分かっておったが、戦闘にしか使えんわしの『奇跡』より、四郎の『奇跡』の方がずっと光の使者のようだ」
「どちらも光の使者には変わりないだろう? 大体、木綿殿の『奇跡』に助けられたこともあるんだ。どちらにも優劣なんぞない」

 と言い合っていたら、隔離場所へと到着。
 続きは後で、などと軽口を叩き、私と木綿殿とで残りの亡者たちを全て住人へと戻して回った。
 ――事態が急転したのは、その日の夕方の事である。

「セレナ、木綿殿を見ていないか?」

 夕方。
 村は全員が無事に戻れたという事でお祭り騒ぎ。
 他の村同様、私と木綿殿を神様扱い。
 そんな騒ぎも徐々に静かになり、村の中央で燃え盛る焚火の音がパチパチと響く中。
 村人たちに肩を組まれ、私と一緒に巻き込まれていた木綿殿の姿が消えた。
 厠(かわや)にでも行ったのかと思ったが、待てど暮らせど帰って来ず。 
 その間、村人たちからしこたま酒を飲まされるわ、物を食わせられるわで、大変だった。
 そこで、文句の一つでも言ってやろうと、セレナに尋ねたわけだが……。

「いえ? お見かけしておりませんよ? ご一緒にいたのでは?」

 と、どうやら木綿殿の行方をセレナは知らないようで。
 ではどこへ? と村人たちに断って席を立ち、探し始めれば。
 村の外れ、丘になっている場所に座り、一人瓢箪から酒を呷る木綿殿の姿が。

「ここに居られたか。探したぞ」
「ん? ――おお、四郎か」

 近付けば、瓢箪から口を離し。
 飲み干したらしく、逆さにして中に残っていない事を確認。

「急に姿が見えなくなったからどうかしたのかと思ったが、風にでも当たりに来たか?」
「そうさな。そういったところであろう」

 私よりも強く酒を勧められていたからな。そういう事もあろう。
 と思ったものの、であればここでこうして酒を呷るのはおかしいか?
 ……姿を見なくなってからしばらく経つ。
 その間に酔いがさめ、また酒を飲みたくなったのであろう。
 そう私が判断し、隣に座ると。

「なぁ、四郎」

 木綿殿が話しかけてきた。

「どうした?」
「お前は、働き者だな」

 頬杖を付き、村の焚火の方を眺めながら。
 そう言った木綿殿に、どう返すべきか。
 少しばかり悩んだ末、

「それが私に出来る事だからな」

 出てきたのは、そんな言葉。

「だが、それを言うならば木綿殿もであろう? 私はセレナやメリが傍に居た。しかし、木綿殿は私たちに出会うまで一人だった。そんな一人のままで、あの怪物たちと戦い続けた」

 光の使者として、この世界に生きる住人の希望の光として。
 終わりの見えない戦いに、挑み続けていた。
 その事を踏まえれば、木綿殿も働き者であるといえるだろう。

「そうか……。わしはな、お主に感謝しておるのよ」

 よっこいせ、と立ち上がり、私の横へと歩いてきた木綿殿は。

「この村だけじゃあない。他の村でもこうして村人たちを救っていたのだろう?」

 そう言いながら、私と向き合い。

「おかげでこうして、わしの弾がようやく補充されたわ。褒めてつかわす。大儀であった」

 まるで、理解出来ない言葉を吐いた。

「……? 今、何と?」

 困惑し、戸惑う私に。
 木綿殿は頭を掻き。
 どこから説明したもんかと腕を組む。
 そして、

「まさか、気付いておらん、という事は無いよな?」

 と。
 私を試すような物言いにムッとするが、一体何の事を言っているのか。
 私には、見当もつかない。

「何の話を?」
「――マジか? 少なくとも、わしの正体にはすぐに気が付かれるかと思ったが?」
「だから何の――」
「よい。今に明かす。――だが、その前に、だ」

 そう言った木綿殿は天に腕を広げ、

「現れよ! 光の宝塔よ!!」

 力強く、酒の影響などを感じさせない声で叫ぶ。
 すると、どこからともなくまばゆく輝く宝塔――寺にあるような強大な塔が現れて。

「村人よ! 聞けぃっ!!」

 いつの間にそこへ行ったのか、村の焚火の上へ飛び出すと、そのまま宙を漂いながら。

「この世界は終わっておる! ゆえに! 光の使者としてお前たちを光の、救いのある世界へと導こう!!」

 そう張り上げた声で言う木綿殿は、その光る宝塔を指し示し。

「あの宝塔へと乗り込むがよい!! 数に限りは無いが時に限りはある! グズグズしている者は置いていくぞ!?」

 そう言い切った瞬間。我先にと宝塔へと走る村人たち。
 そして、ほぼすべての村人たちが宝塔へと移ったのを確認した木綿殿は。

「十分じゃ。これだけ込めれば今の状況を打開出来よう」

 ニイッと笑い、私の方へと向き直り。

「さて、名を名乗るのは初めてだったな。四郎。――いや、天草四郎時貞」
「なっ――」

 知るはずのない名を。この世界に来た時、その瞬間から捨てたはずの私の名前を呼ぶと。

「余は天。そこで輝き、あまねく全てを照らす太陽。太閤、豊臣秀吉。そして、豊国大明神である」

 そう名乗った。――瞬間。
 木綿殿がまばゆく輝き始め、その輝きを腕で覆って凌ぐと。
 そこには、金色に輝く鎧に身を包んだ、木綿殿の姿が。

「さあ、四郎。余が渡した天からの『奇跡』、返してもらおうか」

 突如、姿が消え、気が付いた時には私の目の前。
 しかも、既に槍を振りかぶっている状態で。

「くっ!? 『防げ』!」

 咄嗟に抜刀し、槍の穂先を弾いて回避。
 そのまま後ろに飛んで距離を取り。

「四郎様!!?」
「無事か!?」

 その私の後ろから、セレナとメリの声が聞こえてきた。
 二人はどうやらあの宝塔には乗らなかったのだな。

「うわっ!? 全身金ぴか!? 趣味悪!!」

 どうやら目の前の木綿殿を見たらしいメリが、真っ直ぐな感想を口にした。
 思わず気が緩むも、その言葉が耳に届いたのであろう木綿殿は。
 見た事も無い形相になり、メリへ突進。

「わっ!? わっ!? わっ!?」

 何事か分からないメリは慌て、その場で転んでしまい。
 そんなメリ目がけて、木綿殿は槍を――っ!?
 させるかっ!!

「何をする!?」

 金属同士のぶつかる音が響く。
 間一髪、メリの首のすぐ横の地面を十文字槍は突き刺しており。
 そこから押し込めば、メリの首が飛ぶ、というような位置から、私が滑り込ませた刀で辛うじて止まっていた。

「こやつは余を侮辱したのだぞ? ただ首を飛ばされるだけで済んで助かったと思え。本来ならば耳も鼻も削いで貼り付けにするところだぞ?」

 冗談でも、笑ってもおらず。
 ただそう告げる木綿殿の顔は本気そのもの。

「何が……っ!? 何が目的なのだ!!」
「目的? ……これは異なことを聞く。言っただろう? 今の状況を打開する、と」

 そして、私の問いに対する答えはまるで意味が分からない。

「くっ!! ……はぁっ!!」

 槍を押し上げ、弾き。
 僅かな隙で、メリを担いで後ろへ飛ぶ。

「ふむ。よくもまぁわしが授けた『奇跡』をそこまで使いこなす。お前より先に呼んだ勝家でもここまででは無かったぞ」
「なに?」
「? ああ、言ってなかったな。わしがこの世界に呼んだのはお主で三人目よ」
「それは……どういう?」

 あまりにも断片的に語られるせいで、いまいち話の全容が見えない。
 もし本当に木綿殿が秀吉公なのだとして、呼び出したとは?
 そして、何故そんなことが出来る?

「この世界、不思議ではないか? 化け物が当たり前に闊歩し、村を襲う。であるのに、村は存続している」
「それは、私や木綿殿が村を守っていたからで――」
「否。頭を働かせろ。それはなるべくしてなっているのだ」

 木綿殿は、一体何を語ろうとしているのだ?

「この世界はな、端的に言ってしまえばわしとあの狸の盤上戦よ。わしの手駒は人間と、わしが呼び出し力を与えた光の使者。対する狸は闇から生み出す異形の化け物ども。わしは光を、狸は闇を操り、盤上を支配せんとする。それがこの世界という枠組みの根幹よ」

 そう木綿殿が話していると、先程村人たちが乗り込んだ宝塔が光を発し始めた。

「充填完了。よく見ておれ四郎。これがお前の働きによる成果である」

 そして、その宝塔から無数の光の弾が放出され、各地へと降り注いだ。
 すると……、

「み、緑が……」

 遠目にも分かる。
 光が着弾した大地から草木が生え、干上がった川には水が戻り。
 荒廃した大地を、再び蘇らせた。

「光の宝塔。光の勢力を力とし、加護や恵みに変えて大地へと還元する。この力はな、あの狸の作った化け物を祓う力もある」

 そう言って指を差した先には、光の弾が当たったらしい化け物が小さく見えて。
 倒れ、のたうちまわり、やがて、動かなくなり……消える。

「本来はもっと早くにこの宝塔を使うつもりだったのだが、あろうことか人間は自身が光の勢力であるという自覚がない。自覚がなければ宝塔の弾にはなれん」

 光の弾を放つたび、輝きが弱くなる宝塔を振り返り、木綿殿は続ける。

「だからこうしてお前を光の使者にし、光の使者に救われた民だと自覚させることで、わしの軍勢であるとして宝塔に乗せこむ必要があったのだ。ただ、これはわしが考えた事ではないがな」

 どこか懐かしむ目で。宝塔の先端を見つめる木綿殿は。

「二人目の光の使者にして、わしの右腕。……いや、腕ではない。わしの頭脳じゃな。竹中半兵衛重治の策じゃ」

 そこで、一旦言葉を閉じた。
 ゆっくりと目を閉じ、小さく息を止め。
 まるで、黙とうのような動きをし、――そして。

「勝家を呼んだのは失敗だった。ただイノシシのように、戦う事しかしない。それではダメだった。無尽蔵に湧いてくる化け物に、ただ愚直に正面から戦っては勝ち目がない。それを理解したわしは、勝家が力尽きてすぐに半兵衛を呼んだ。そして、策を練った。反省を踏まえ、何をすべきか。わしの状況を再度分析し、出来ることを洗い出し。そうして、必要な事をまとめ上げ、半兵衛は力尽きた」

 再度黙とう。

「こうして木綿殿が人の住める環境を作っていたと……?」
「――いい加減その呼び名をやめよ。言うたであろう? わしは天。天より見下ろす太陽と同格の太閤なるぞ?」
「……失礼した。太閤殿は我々の味方なのですね?」
「元より。ただまぁ、こうして民の命を犠牲にせねば、新たな安寧は作れぬがな」

 ……今、なんと?
 民の命を犠牲にした?
 ――それは……。

「それは――」
「よもやあれほどの力が対価もなしに行使出来るはずがないであろう? 対価は人の命よ。定数の命で大規模な命を救う。国と同じ考え方よ」
「……では、先程の宝塔に乗り込んでいった村人たちは――」
「今頃喜んでいるだろう。なにせ、次なる光の住人の為の礎となったのだから」
「――ッ!!」

 刀を握る手に、力が入る。

「四郎?」
「四郎……様?」

 突然の出来事に困惑し、情報の整理が出来ぬまま。 
 それでも、私を頼り、あの宝塔に乗り込まなかったセレナとメリに安堵して。

「いつまで……」
「ん?」
「いつまで、そのように民の命を弄ぶか?」
「弄ぶも何も、民共もわしが作り出したものだ。言っただろう? わしは民と光の使者が手駒だと。その駒をどう使おうが、わしの勝手じゃ」
「その為に……。その為に私に、村人たちを解放させたというのか!!」

 この際、私を太閤の思惑の為に働かせていたことは問題ではない。
 そうではないのだ。
 何のために私が村人たちを解放して回ったか。
 何のために、村を守るために化け物と戦ったか。
 何のために、『奇跡』で食料を増やしたか。
 断じて。断じてこのような事に使われるためではない。

「無論、その為の手駒じゃ。あの狸に勝たねばそもそもこの世界に人の住み場などない。打倒狸は果たさねばならん使命だ」
「それでも! いたずらに民の命を使っていいはずがない!!」
「いたずらなものか!! わしがどれほど苦労して場を整えたと? どれほど犠牲を払ってここにこじつけたと? 貴様に。貴様のような青瓢箪に何が分かる!!」

 太閤に刀を向ければ、太閤も十文字槍をこちらに向けて。

「向かってくるか? 光の盟主たるこのわしに、太閤豊臣秀吉に向かってくるか?」
「これからも民の命を犠牲にするというならば」
「犠牲ではない。必要な事なのだ。四郎よ。わしはお主を気に入っておる。人の心を掴むのに長け、武一辺倒ではない『奇跡』の使い方。さらに、半兵衛程ではないが頭も回る。ここで倒してしまうには惜しい男だ」
「だが、私は貴方の考えを理解出来ない」
「する必要はない。考える必要はない。ただ、わしの言う通りの結果を導けばよい」
「それで民の命を無下にするというのなら、私は絶対に従わない!!」
「……哀れ。哀れよ四郎。――来い。修理進のように土へと還してくれる! ……次なる光の使者は、その後で考えればよい」

 もはや太閤を打ち倒すしかない。
 でなければ、これからも先程のように民の命が使われていく……。
 自分の命は、自分のものだ。
 ――神から授かったこの命を、天を自称するこの男に弄ばせていいはずがない。

「露草四郎時貞――推して参る!!」
「勝てると思うなよ若造!!」

 始まりは、静かだった。
 もとより十文字槍と刀では間合いが違う。
 間合いの長い槍はにらみ合いでは刀に対して無類の強さを発揮する。
 下手に飛び込めば、すぐさまに貫かれてしまうだろう。
 ――だが、秀吉公も動かない。
 自ら動けば少なからず隙が出来る。その隙をついて私が懐に入れば、今度は刀の間合い。
 肉薄されてしまえば槍に出来ることは限られる。だから、動けない。
 ――と思っていた。

「どうした? 威勢がいいのは口だけか?」
「太閤こそ。私のような若造は捻りつぶすのではなかったか?」
「ふむ……。では期待に応えるとしよう」

 そう言った直後、突如として槍を構えて突進。
 普通の槍ならば避けて反撃に転じるが、相手は十文字槍。
 その真の威力は、突く時よりも引く時にこそ発揮される。
 ゆえに、

「『弾け』!」

 避けはせず、かといって正面から受ける訳でもなく。
 力の向きを上へとずらし、体勢を崩すとともに攻撃をいなす事を選択。
 『奇跡』も用いて行った私の行動は……。

「『貫け』!!」

 太閤の『奇跡』によって打ち消され。

「――っ!!? 『弾き上げろ』!!」

 慌てて『奇跡』を重ね、何とか槍を上に逸らすことに成功。
 このまま太閤の懐へ――、

「甘いわ!!」

 肉薄しようと動いた時。
 私の前には太閤の足が。
 瞬間、身体に走る衝撃と、足から地の感覚が離れ。
 思考が追い付いたのは、背中が地面に着地し、太閤が槍を引き戻した時。
 蹴られた……。それも、ごく当然のように。

「槍の戦いなど心得ておる。それこそ、修理進程ではないがな。当然、何をされるともろいかもな」
「ぐっ……」

 次の突きが繰り出される前に立ち上がるが、身体が重い。
 ほぼ無防備な所に蹴りを食らってしまった……。

「さっきまでの威勢はどうした!?」

 太閤から突きが飛んでくるが、先程のように弾いて懐に入っても蹴りが飛んでくるだけ。
 ならば、

「『受け止めよ』!!」

 鍔迫り合いに持ち込み、槍を弾き飛ばす。
 槍と刀ならば、強度で言えば刀に分があるはず。
 弾き飛ばせぬでも、折れるだけで一向にかまわん。

「ほう。受け止めたか。だが、それがどうした?」

 そう言った太閤殿は『奇跡』も使わず、押し込もうとしてくる。
 なんという力強さよ。

「グッ……。くっ……!」

 じりじりと押され、段々と余裕が無くなってきて。

「ま、負けるんじゃねぇぞ!?」

 そんな私の姿に、メリからの檄が飛ぶ。
 ……そうだ。太閤は先ほどメリを突き殺そうとした。
 ここで私がやられてしまっては、太閤はその後でメリを殺すだろう。
 そのまま、セレナも。
 ――させない。そんな事は。
 あの二人は、決して殺させない!

「んおっ!?」

 足に力を込め、全身の力を刀に集中。
 そのまま太閤の方へ押し返すと……。

「ええい! 『押し込め』!!」

 『奇跡』を用いて、再度私の方へと押し込まんとしてくる。
 ――今だ!

「『逸らせ』!!」

 相手が真正面から押してくるなら。
 その力の向きを逸らしてさえしまえば、威力は無くなる。
 まして、逸らす先が、地面であるなら。

「『圧し折れ』!!」

 そして、刀で地面へと十文字槍を押し付けたあと、当初の目的、武器の無力化の為。
 槍の柄を思い切り蹴りつける。
 もちろん、『奇跡』を上乗せしたうえで。
 子気味のいい音を立て、目論見通りに折れる槍。
 後ろで安堵の声が聞こえ、これで優勢、そう思った。
 ――だが、

「何か狙っているなと思えば、槍の破壊か。言えばいくらでも許したものを」

 そんな事を言い、不敵に笑う太閤は、

「『戻り、修復せよ』」

 奇跡の力で、一瞬の内に槍を修復。
 更に、

「『より強固に。折れぬ強度を手に入れよ』」

 と。
 そう言っただけで、槍自体が光り出し、先程には無かった装飾に柄が包まれて。

「どうじゃ? わしに似合う金の装飾にしてみたぞ?」

 私にその装飾を見せながらニヤリと笑うと。

「もう一度折れるか試してみるか? 折れたら褒めてやろう」

 挑発するようにそう言うと、槍を真っすぐにこちらへ突き出して。
 先ほどのように受け止めると――、

「――っ!!」

 先ほどと違い、受け止めただけで身体が浮くほどの衝撃が伝わって。
 遅れて、刀を掴む手が痺れてくる。
 なんだこれは……?
 まるで先ほどと違うではないか……。

「どうした? ほれ、先程のように折ってみんか」

 なおも太閤から挑発的な言葉が飛んでくるが、正直それどころではない。
 だが、

「ふっ!! 『圧し折れ』!!」

 挑発に乗らねば、こちらに余裕が無い事が筒抜けになってしまう。
 ここは、乗るしかない……。
 ――が、

「くっ!! 『圧し折れ』!!」

 先ほどのように槍を思い切り蹴りつけても、鈍い音がするだけで折れる気配はない。
 どころか、しなりさえせず、槍が私の蹴りに耐えている。

「元々はわしが与えた『奇跡』の力。それをお主が上回れるわけがなかろう!!」

 槍を振り、私を弾き飛ばし。
 構えなおした太閤は、勢いよく地を蹴って。
 ――私の方へは向かわず、向かった先はなんとメリ。

「先ほどの言葉忘れておらんぞ!! まずは貴様からだ!!」

 私が体勢を立て直すころには、すでに太閤はメリを貫ける間合いに入っており。
 槍を振りかぶったところで、咄嗟に叫ぶ。

「やめろ!! 『割って入れ』!!」

 そう、瞬間的にそう叫んだだけ。
 何の確証も、保証すらなく。
 ただ、そうなればいいと、『奇跡』を振るった。
 結果。

「四郎の兄ちゃん……」

 甲高い、金属同士がぶつかる音が響く。
 私の姿は、先程太閤から飛ばされた場所から、メリと太閤の間へと瞬間移動していた。

「すぐに離れろ!」
「あ、……ああ」

 メリの盾となり、刀で太閤の槍を防ぎ。
 瞬間移動出来たという事実を、脳に叩き込む。
 これが可能であるならば、戦いようはある。

「むぅ。やはりお前の使う『奇跡』は毛色が違う」

 私が瞬間移動したことに戸惑っている太閤殿だが、槍に込める力を緩めてはくれない。
 だからこそ、

「『背後へ』!!」

 『奇跡』を振るい、太閤の背後に瞬間移動した時。
 それまでの、私からの抵抗で釣り合っていたその力は、その抵抗を失って。
 当然、行き場を失った力が、ただいたずらに行使される。
 結果、前のめりにたたらを踏み、慌てて振り返ろうとする太閤殿へ、

「討ち取ったり!!」

 刀を振り下ろす。

「――『弾き返せ』!!」

 ――が、咄嗟に片腕で私の刀を受け止めた太閤は、その一言。
 たった一つの『奇跡』で状況を打破。
 金色に輝く籠手に傷は付けど、その腕を断ち切ることは叶わず。

「厄介な……。惜しい。実に惜しい」

 振り返り、悲しい顔をこちらに向けて。

「どうだ? 力の差は分からぬお前ではあるまい? 今ならばこれまでの非礼を詫び、わしを侮辱したあいつとあの女子をわしに差し出せば服従を許すぞ?」

 万策尽きただろう? と。
 私に降伏を促してくる。もちろん、降伏の条件も一緒に。

「断る。民の命を駒と扱う貴方とは、私は絶対に相容れない」
「ここまで力の差があってなお向かってくるか。それは勇気ではなく蛮勇ぞ?」

 何が無謀か。何が蛮勇か。
 この程度の差、島原や天草の地での戦いと比べれば布程度の薄さしかないわ。

「私は、絶対に貴方を倒す」
「愚か。実に愚かだぞ、天草四郎時貞よ」
「――否。我は天草四郎にあらず。我が名は露草。露草四郎時貞なり!!」

 ゆらりと立ち上がり、刀を構え。
 これから討ち倒す相手を見据え、一言。

「背後へ!!」

 そう叫ぶ。
 すると、当然背後に瞬間移動してくるであろう私を追って、太閤は振り向くが。
 今のは、『奇跡』を行使しないただの言葉。
 発すると同時に大地を蹴り、今まさに無防備な背中を晒した太閤へと斬りかかる。

「むぅ!? 陽動か!?」

 気付き、振り返って私を槍で突こうとする太閤。
 ――だが、

「『頭上へ』!」

 今度は、『奇跡』を行使した言葉を放ち。
 無防備な頭上へと出現。
 当然、太閤も追って顔を上げるが、たった今陽動で移動をしなかったことが布石。
 本当に移動をしないのか、見極めてからでなければ行動できない。
 そこに産まれる僅かな時間の差が、とてつもなく大きな意味を持つ。

「今度こそ討ち取った!!」

 頭上から。
 真っ直ぐに。
 和泉守兼定を突き立てる。
 ――が、

「ぬうぅっ!!?」

 首を逸らし、急所だけは外し。
 それでも、甲冑ごと半身を斬られながらも、太閤は私の一撃を耐える。
 そして、

「うがあああぁぁぁっ!!!」
「うぐっ!」

 槍で薙ぎ、私に一撃を与えて吹き飛ばし。

「許さん!! 絶対に許さん!!」

 目を血走らせ、私に突進してくる。
 マズイ……。
 なんとか体勢を……。

「わしに従わなかったことを後悔するがいい!!」

 間に合わない……!
 ならば!

「背後へ!」

 そう、言葉を発し。

「だと思ったわぁっ!!」

 太閤は、私が現れるであろう背後へ向けて、反転して槍を突き出す。
 賭けでは、あった。
 だが、太閤は、振り向くだろうと確信していた。
 私を、高く評価していたからだ。このまま私が、何もせずに負けるはずがないと、信じていたからだ。
 だから、こうして私が最後に足搔くと信じ、それに対応するために意識をしていた。
 ――しかし。
 私は、『奇跡』を行使していない。
 ……というよりは、出来なかった。
 身体に負荷が来ている。
 正直、立ち上がるのですらやっとだ。
 そんな状態で、『奇跡』を何度も振るえない。
 私が振るえる『奇跡』は、残り一回。
 たった一回。
 ――その一回に。
 今の私の全霊を注ぎ。
 目の前の、光の盟主と自称した天下人。
 太閤、豊臣秀吉に向けて、放つ。

「『討ち倒せぇっ』!!!」
「何だと!?」

 全力で大地を蹴り、一息で背中に肉薄し。
 そこに甲冑があろうが、何があろうが気にせずに。
 ただ、持てる全ての力を持って。
 大業物、和泉守兼定を突き刺した。

「ぐはっ!?」

 異様な手ごたえが、刀から伝わる。
 それは、確かなもので。
 確実に、太閤を絶命たらしめる一撃であると確信した。
 ――が、

「見事。実に見事よ」

 ゆっくりと、太閤は振り返り。

「よもやここまで出来るとは……」

 口から、血を噴き出しながら。
 それでもなお、膝すら付かず。

「だが、ほんの少し。ほんの少しだけ、足りなかったようだな」

 私に向け、ニヤリと笑い、

「わしの――勝ちじゃ!!」

 槍を振り上げ……振り下ろし。

「――ぬぐうっ!?」

 その槍が、私に振り下ろされる前に。
 ――太閤の、腕が飛んだ。

「おのれ!! おのれぇぇっ!!!」

 太閤の持っていた槍が地面に落ち、遅れて太閤の腕が着地し。
 ボタボタと血が滴る腕を振り回し。
 私など眼中にない様に周囲を見渡すと。

「これ、そこの。露草とか言うたか? 褒めてつかわすぞ」

 我らの頭上から声が響き。

「クソ狸が!!」

 その声へ向けて、太閤が一吠え。

「負け犬はよく吠える。もうお役御免であろう?」

 そんな太閤とは対照的に、静かな声で太閤にそう言った頭上の声は。

「さっさと消え失せよ。みじめな姿をいつまでも晒すでない」

 そう言って、突如として影が出来る。
 あまりに異様で、あまりに大きく。
 見ているだけで不安になる様な、そんな影は。
 ゆっくりと、私たちを飲み込まんと降りてきて。

「チィッ!!」

 その影から逃れようとした太閤は、立ち上がろうとしてうずくまり。

「がはっ!!」

 大きく血を吐いた。

「ほほほ。無駄な足搔きぞ。大人しく闇に飲まれよ」

 そう言って笑う頭上の声に、太閤は。

「誰が……。誰が貴様の思い通りになんざいかせるかよ!!」

 言い放ち、私へと歩を進め。

「歯ぁ食いしばれ! これは最後の一発の仕返しだ!!」

 大きく振りかぶり、私を思い切り蹴飛ばして。
 吹っ飛ばされ、影の下から放り出された私に向けて。

「四郎! この声が!! 頭上に居るコイツこそが!! あの化け物どもの親玉! 徳川家康のクソ狸だ!!」

 という言葉を残し、影に飲まれていった。

 徳川家康。
 江戸幕府を開いた人物であり、天下統一を果たした人物。
 私が産まれる前に既に亡くなってはいたが、その徳川の苗字は脈々と繋がれ。
 あの一揆……島原や天草での一揆を制圧した、江戸幕府の祖。
 ……それが、私の頭上に今なお浮いているあの者だと?

「どうした? なぜ余を睨む?」

 なぜ? ……なぜだと!?
 貴様に……いや、貴様の血縁に、私が恨みを持っていないと?

「ふむ? まぁ大方想像は付こう。あの汚らしい猿の呼びかけに応じた者であるからな」

 そう言うと、徳川家康は頭上からゆっくりと降りてきて。
 私の前に来ると、浮いたまま私の方へと手を伸ばす。
 その漆黒の束帯を揺らし、袖から見える手の平を真っすぐにこちらへ向けて。

「その上でどうだ? あのバカ猿にはこの世を平定などすることが出来ない。だが貴様は? 余と共に手を取り、この地に安寧をもたらさんか?」

 と、問いかけてきた。
 ……もちろん、願ってもいない。
 この世界で人々が平和に暮らせるのならば、それは紛れもなく私の望みだ。
 ――だが、

「ならば問う。その安寧とは――果たして誰にとっての安寧だ!?」

 先ほど木綿殿が――秀吉殿が。
 宝塔より発射した、光の住人を弾とする、光の勢力としての力。
 それらは、この家康が産み出したという化け物たちを祓った。
 そんな、祓われた側の言う安寧とは、どんな世界の事を言うのだ?

「ふむ。存外余裕であるか。まぁ、そうすんなりいくと思ってはおらんよ」

 私の問いには答えず、こちらへ伸ばした手を引っ込めて。
 再び頭上へと昇っていく家康は。

「ふぅむ……。妙な土地だ。……ここでは化け物を産み出すことは出来ぬか」

 そう呟きながら。

「しかして猿一人消し去る力もバカに出来んな。腐っても光の軍勢の長だっただけはある」

 ゆっくりと、上空に昇りきった後。

「一度退いてやろう。なにせ、余の力は本当に化け物を産み出すだけであるからの」

 という言葉だけを残し、姿を影が覆ったかと思うと。
 影が消える頃には、その姿は忽然と消えていた。
 ふぅ……どうやら、秀吉殿からの連戦にはならなかったようだ。
 そう安堵した瞬間、ドッと体に疲労感と痛みが襲ってきて。

「ぐっ!」
「四郎様!?」
「四郎の兄ちゃん!?」

 セレナとメリに駆け寄られ、声を掛けられるが……。
 私はそのまま倒れこみ、やがて、意識もゆっくりと黒く染まっていった。

 ……ここは?

「気が付きましたか?」
「全く、いつもいつもぶっ倒れやがって。少しは運ぶ側の気持ちにもなれってんだ」

 目を開けると、すぐ傍にはセレナとメリ。
 セレナは心配そうに私を覗き込んでいるが、メリは呆れ気味に腕を組んでこちらを見ていた。
 
「メリ、四郎様は私たちを守る為に戦ってくれたのですよ?」
「いや、メリの言う事ももっともだ」

 私が起き上がろうとすると、身体に激痛。
 その痛みに、身体が強張ると……。

「あいつに何度も蹴飛ばされたりしたんだろ? まだそれが治ってねぇんだよ」

 と、メリに肩を押されて再び横にさせられた。
 あいつ……木綿殿の事か。
 確かに散々蹴飛ばされたな。
 だが不思議な事に、致命的な一撃は貰っていない。
 そこだけは幸いか。

「とりあえずは安静に。何かして欲しい事がございましたら、お気軽にどうぞ」

 と言って一度立ち上がるセレナ。
 いつもならば空腹を訴え、『ソー』を用意して貰うのだがな。
 ……と、待て。
 そう言えば、ここはどこだ?

「セレナ」
「なんでしょう?」
「ここは……どこだ?」

 目を覚ました時には答えてもらえなかった問いを、再びぶつける。
 セレナは一度、深く息を吸い込み。
 そしてゆっくりと、

「もちろん、四郎様が救った村ですよ。……ただ、村人のほとんどがいなくなっちゃいましたけど」

 非常に言いづらそうに、私に告げる。
 ……あの宝塔へと皆が乗り込んだものな。
 やはり帰ってきてはいないか。

「そういや、これも持って来たぜ?」

 そう言ってメリが見せてくれたのは、木綿殿が使っていた十文字槍か。
 名槍なのだろうな。……だが、

「私は槍術には明るくない。……メリ、使うか?」
「使った事ねーよ」
「わ、私も持った事すらありませんよ?」

 自衛手段として、とも思ったが、慣れていない武器はそれはそれで危険であるか……。
 あまり槍術は得意ではないのだが……仕方が無い。
 私が持つしかないか。

「とりあえず、今は安静にしときな。村の様子は平和そのものだからよ」
「人が大勢消えたのにか?」

 メリの報告にそう口にしたが、だからこそ平和なのだと理解した。
 誰も居なければ、問題が起こることはないか。

「一応、少しは残ってるんだけどな。それでも、消えた事実に驚きはしたけど、特に悲しんだりはしてないみたいなんだ。まるで、それが当たり前っていう感じでさ」

 どういうことだ?
 普通ならば自分の周りで人が居なくなれば、悲しんだりもしようはずだが……。
 待て? 秀吉殿は何と言っていた?
 人間は光の勢力だ、と。であれば、光の勢力の長たる秀吉殿に使われる、という事に違和感を抱かない?
 ゆえに、宝塔に入り、消えた村人の事を悲しまない……のか?

「ま、とにかく村は大丈夫だから、四郎の兄ちゃんは大人しく休んどけって事だ」
「そうですよ、今はお休みしましょう」

 私の脳内での思考を知る由もない二人は、私を寝かせつけようとし。
 セレナに至っては私に膝枕までしようとする始末。
 そこまでして貰うのも、と頭をずらして避けていたら、

「四郎様……そんなにお嫌でしたでしょうか?」

 と、物凄く悲しそうな顔をされてしまった。
 嫌ではなく、恥ずかしいだけなのであるが……。
 ともあれ、あまり拒否をすると本当にセレナを悲しませてしまうかもしれぬし……。
 自分の中で言い訳し、そっとセレナの膝の上に頭を置いた。
 うぅむ……。どうにも落ち着かん。
 だいたい、このような扱いには慣れていようはずがない。
 などと思っていたら、セレナの手が私の頭を撫で始める。
 まるで扱いが赤子ではないか……と思いつつ。
 それでも、セレナが何か考えての行動なのであろうと結論付け、それに身を委ねることにした。
 恐ろしいほどに速く寝付けたのは、まだ体の中に疲労などが残っていたからであると信じたい。

「それで? これからどうなさいますか?」

 あれから丸二日。
 ずっと寝ていたらしい私は、起きた時にはすっかり空腹で。
 目が覚めるなりセレナに『ソー』を要望。
 流石に膝枕はされていなかったが、私が目を覚ました時には私の脇で正座をし、頭を撫でられていた。
 それだけは続けていたのかと面白い反面、セレナの中の私の立ち位置は? とやや不安になってしまった。
 そして、『ソー』を作り、持って来て。
 二人並んで食べている途中に、そう尋ねられた。

「ひとまずは、先日宝塔より発射された光の弾の着弾点へと向かおうと思う」

 ズズーと『ソー』の汁をすすり、考えていたことを口にする。
 あの時、秀吉殿は、

「光の勢力を力とし、加護や恵みに変えて大地に還元する」

 と言っていた。
 であるならば、光の弾の着弾点は人が住める環境になっているという事だ。
 目視出来た自然の緑は元より、農作業に適した肥沃な土地。
 果てには乾いた河川を蘇らせ、周囲の化け物どもを消滅さえさせている。
 つまり、今この地にて、あの着弾点以上に人類が安心して住めるような土地は他にない。

「……そこで何を?」
「今まで巡り、救ってきた村々。その村人たちを、移動させたい」

 またいつ化け物どもに……家康の軍勢に襲われるのか。
 そんな不安を抱いたままでは、安心して夜も眠れぬ。
 村を捨てる事にはなるが、新たな地にて、村を作り直した方がいいと、私は思う。

「――皆さん、分かってくださいますか?」

 私の言葉に、少し考えてそう返したセレナ。
 どうやら、私の考えについて来ているようだ。

「すぐには無理だろう。説得も、難しいかもしれない。しかし、そうでもしなければ、この地で人々が安心して暮らすことは……叶わないだろう」

 本来、自分たちの土地というのは、勝ち取るより他はない。
 その勝ち取る手段が、戦であっても、舌戦であってもだ。
 だが、今回に限れば、相手は会話も出来ず、倒しても倒しても無尽蔵に湧く。
 あの家康がいる限り、不滅で、それこそ無限に等しい軍勢だろう。
 ……だから、せめて。
 せめて私が、あの家康を討ち倒し。
 光と闇の盤上戦と言われたこの勝負に決着をつけるまで。
 その間だけ、故郷を捨て、安全な地に居てもらわねばならない。

「説得は、意地でも行うさ。もし説得できなければ……」

 そこまで口にし、言葉に詰まる。
 見放すつもりは当然ない。だが、もし本当に説得が叶わなかったら?
 …………腹をくくるしかない。

「私が、不眠不休で村を行き来し、巡回することになりそうだな」

 セレナに微笑んでそう言ったが、セレナの表情は不安一色。
 それもそうだろうな。
 また私が、無茶な事を言っているのだから。

「セレナ、大丈――」
「あー--!! 二人して飯食ってる! ずっりー-!!」

 セレナに大丈夫だと言おうとして、メリが大きな声を出し、小屋に入って来た。

「メ、メリにも作りますよ」

 声に驚いたかセレナが慌てつつも立ち上がり、『ソー』の準備へ。
 入って来たメリは、俺の隣へと腰を下ろし。

「あ、そういやさ、練習し始めたんだぜ!」

 と、元気な笑顔でこちらを向いて。

「……何を?」

 何の事か見当がつかない私に、直ぐに拗ねた表情になり、唇を尖らせ。

「槍だよ! や! り! あの金ぴかの槍!!」
「あ、槍術の事か……」

 み、耳元で叫ばれて耳鳴りが……。
 それにしても、メリが十文字槍を……。

「兄ちゃんにはああ言ったけどさ。やっぱ、自分でも身を守る術はあった方がいいなって」

 手を頭の後ろで組み、そう言って。

「それに、兄ちゃんはすぐぶっ倒れるからな。兄ちゃんが起きるまでは姉ちゃんを守ってやらなくちゃ!」

 再び大きい声。
 うぅむ……頼りにしたいのはやまやまだが……。

「メリ、大事な話だ。よく聞いてくれ」
「? なんだ?」
「立ち向かう術を手に入れたからといって、無暗に戦ってはダメだ。もう戦う以外に選択肢がない、どうしようもない、という時にだけ槍を握れ」
「? なんでだよ?」
「戦うより、逃げる方がずっと助かりやすいからだ。戦えば、どこかを怪我するかもしれない。そうすれば、化け物一体は倒せても、次の二体目は倒せないかもしれないだろう?」
「そりゃあ……そうだけど……」
「ましてやその槍の練習というのも我流だろう? そんな腕で、まだ慣れない武器を使って戦うよりも、逃げた方が助かるって事さ」

 武器を持つと、気が大きくなる奴はいる。
 ただし、それは気が大きくなっただけだ。自分の実力は、何一つ変わらない。
 そして、そんな大きくなった気も、いざ相手と相対し、自分が死ぬかもしれない、という立場に立たされれば、小さくなる。
 結果、勇んで飛び出したのに、何も出来ずに討ち取られる。
 そんな場面は、いくつも見たことがある。
 だから、メリにはそのような道を辿って欲しくはない。

「『ソー』をお持ちしましたよ?」

 私の話を聞き、先程までの威勢が消えたメリに首を傾げながら、『ソー』を運んできたセレナは。

「何を話したんですか?」

 メリが沈んだ理由が私であると詰め寄ってきて。

「化け物と相対した時の話だ」
「本当です!?」
「ほ、本当だ!」

 何故か詰問に近い口調で聞かれるが、本当にそれ以上の話はしていない。

「あ、兄ちゃんの言う通りだぜ? 悪ぃ姉ちゃん、いただくよ」

 と、ここでメリが『ソー』を受け取ったので詰め寄っていたセレナも距離を取り。

「後で詳しく聞かせてください」

 私にはやや冷たく。そして、メリには優しい声でそう言って。
 三人で、仲良く『ソー』をすすった。

「驚いたな……」

 残り少なくなった村の住人に声をかけ、我々と共に、新しい緑の生い茂る場所まで来ると、そこには――。

「おお! 旅のお方かな? 疲れているじゃろうからさぁさ、こちらへ」

 既に集落……いや、村が形成されていた。
 しかも住人たちは老若男女問わずいるらしく、私たちを迎えたのは自分を長老という老人。
 ありがたく招かれ、話を聞いてみることになった。

「この村には、いつから?」

 案内された家に上がり、腰を下ろし。
 長老へとそう問えば、返ってきたのは信じがたい答え。

「私が産まれた頃からありますから、いつからというのも……。産まれた時から、としか」
 
 その答えに、私はセレナとメリの三人で顔を見合わせる。
 この村が出現したのは、私が倒れる前……秀吉殿と戦う直前だったはず。
 であるのに、この長老は自分が産まれる前から村があるという。
 どう考えても矛盾しているが、長老の表情や反応から嘘をついているとは思えない。

「その、あなたが生きている間に、化け物に襲われたことは?」

 なんと言葉を紡げばよいか、と考えていると、セレナがそんな質問を長老にぶつけた。

「何度も。その度に村全員一丸となって追い払いました。……もちろん、犠牲が全くない、という事はありませんでしたが」

 そう言って視線を落とす長老。
 どういうことだ?
 この地は、それこそその化け物を祓いながら出てきた土地では?
 この老人の記憶と、私の認識にかなりの齟齬がある様に思える……。

「んじゃあさ、光の使者の話は知ってるか?」

 今度はメリが長老へ。
 その言葉に、長老は顔を上げ、語り始める。

「知っているも何も、身をもって経験しております。村が化け物の集団に襲われ、誰もが諦めた時。空から光の使者様による慈悲が降り注ぎ、村を襲っていた化け物を浄化してくれました」
「実際に光の使者の姿を見たことは?」
「ありません。ただ、声は聞いたことがあります」
「どんな声だ?」
「とても威厳に満ち、従っていれば安心だろうと思えるような、そんな声でした。その声で、『わしは天より汝らを照らす光の使者である』と我々に声をかけてくださり……」

 そこまで聞いて、再び顔を見合わせる。
 ……秀吉殿で間違いない。
 ――だが、

「それはいつ頃の話だ?」
「もう、随分と昔の話です。私がまだ、元気に仕事に励んでいた時ですから」

 今ではすっかりと腰が曲がり、歩くのさえ遅くなった長老が仕事に励んでいた時。
 十や二十ではきかないであろう前の話か。
 
「なるほど、色々と聞かせてもらい感謝する」
「いえいえ。私に出来ることはこれくらいですから……」
「最後に一つ、聞かせて欲しい」
「なんでしょうか?」
「……なぜ、部外者であろう我々を村に招き入れた? 私たちが、人の皮を被った化け物である保証がないというのに」

 私の最後の質問は、一番最初に感じた事だ。
 いつ化け物に襲われるか分からない場所で、私たちを旅の途中であると断定し。
 村に招き、あまつさえ自宅へと上げる。
 何か理由がなければ、到底説明が付かないであろうその行動の理由。
 その問いに、

「まさか、お気付きになられていないのですか?」

 と返した長老。
 瞬間、

「「――っ!」」

 セレナとメリが息を呑み、私は静かに臨戦態勢へ。
 秀吉殿も、似たような事を言って正体を明かし、そこから襲い掛かってきた。
 この老人は――いや、この村の正体は?

「あなた様方、光を宿した刀と槍を携えておられる。それらは、光の使者の伝承に出てくる武具ですぞ?」
「へ?」
「は?」
「なんだと……?」

 セレナとメリが不意を突かれたような情けない声を上げ、私は思わず自分の刀を確認。
 ……特に光っているようには見えぬが。

「やはりお気づきになられておりませんか。私はてっきり、光の使者様が姿を隠して我々の地に降り立ったものだとばかり……」

 そう言って、ガックリと項垂れる長老。
 ……何というか、期待を裏切ってしまったらしい。
 いや、確かに私は光の使者ではあるのだが……。

「すまない。まさか自分たち以外からは、そのように見えているとは露知らず」
「けどよ、じーちゃん。この兄ちゃんは正真正銘光の使者様だぜ?」
「そ、そうです! 四郎様は光の使者なんですよ!」

 項垂れた長老へそれぞれが声をかけると、長老は顔を上げ。

「ほ、本当ですか?」

 と。

「本当です! 四郎様にかかれば病気は治り、水は浄化され、食料は食べきれないほどに増えるんです!」
「化け物たちをやっつけちまうほど強いしな」
「ふ、二人とも、あまりそういう事は……」

 長老の反応が嬉しかったのか、私の事を話し始める二人に待ったをかけるが……。
 どうやら手遅れだったようだ。
 長老が、らんらんと輝いた目で私を見ている。
 期待を上げ過ぎると叶わなかったときの落胆が大きくなるものなのだが……。
 まぁ、済んだことは仕方が無いか。

「おお……我らは見捨てられていなかった……」

 そうして私に手を合わせ、拝み始める長老。
 うぅむ……背中がむず痒くなるな。

「それで? そのような反応をするというならば、何かしら頼みごとがあるのだろう?」

 放っておくとずっと拝まれそうな気配を察し、この状況を脱却するために私から提起。
 すると、

「実は……」

 と話し始めた。

「近頃の流行り病もあり、村の住人が減ってきているのです。今はまだ何とか元居た人員で賄えているのですが、農業が始まるとなるとどうしても人手が……」

 人手が足りぬ、か。
 しかし、農業ということなら別に、私の奇跡で――、いや、待て。
 これはあるいは好機なのでは?

「そんな事なら兄ちゃんに任せときなよ! なんたって奇跡で――もがっ!?」

 余計な事を口走りそうだったメリの口を塞ぎ、長老へと問う。

「人で不足とのことだが、もし仮に、私が人手を集めたとして。その者たちをそのままここに住まわせてもらう事は?」
「もちろんです。先も言った通り、流行り病で何人も失っている手前、可能であれば多くの人に住んで頂きたい」

 よし。
 村は……少なくとも長老は、新たな住人を受け入れる方針のようだ。
 これならば、セレナと話していた各村の移動も、一つ課題を終えたようなもの。
 ――問題は、移動をしなければならない者たちの意思、か。

「分かった。いくつか心当たりがある。声をかけてくるとしよう」
「本当ですか!? おぉ……ありがたや……」

 長老に拝まれながらも立ち上がり、セレナとメリを連れて家屋を出ると……。

「ん?」
「あっ!?」

 聞き耳でも立てていたのであろう。
 扉の前には、この村の住人がズラッと並んでいた。

「お前たち……使者様はこの村への応援を募りにじきに出なさる。ご迷惑をおかけするな」

 長老が呆れたようにそう言うと、蜘蛛の子を散らすように移動する住人達。
 なんというか……活気ある住人達だな。

「そうだ! 道中の食事を用意させましょう。おーい! 誰かー!」

 という事で、私が他の村へ行くまでの食事を用意して貰えることに。

「よいのか? 村の貴重な食糧だろうに……」
「いえいえ。住人が減って余裕が出てきておりますれば。それに、光の使者様を手ぶらで送り出すわけにもいきません」
「そうか。……では、甘えさせてもらうとしよう」

 そうこうしている内に、住人が食事を持って来てくれ、それを持って村を出た。

「最初はどこを目指しますか?」
「やはり、一番近い先程の村であろう。住人も少なく、もはや村とは呼べぬかもしれぬが」

 最初の目的地としたのは私と秀吉殿が戦い、そして、住人が激減してしまった村。
 もはやあの人数で村の維持は出来まい。
 説得が円滑に進むと良いのだが……。

「んじゃあすぐだな! 先に行ってるぜ!」

 と、私の胸中を知らぬメリが先に一人で駆け出して。

「もう! メリ! あまり急ぎ過ぎると転びますよ!?」
「だいじょーぶ大丈夫! 転びゃあしねぇって!」

 それを追って、セレナも駆け出して。
 その光景に安心感を覚え、私も二人を追って駆け出した。
 ――ちなみに転んだ。……セレナが。

「そうですか。使者様がそう言うなら……」

 村に着き、事情を説明し。
 住人へとどうするかを聞けば、そのような答え。
 一応、本人たちも立ち行かなくなったと悩んでいたところで、渡りに船、という事らしいが……。

「それでも、今まで住んでいた土地を離れるというのは、名残惜しいものですね」

 この者達が、どれほどこの地で生活していたのかは私には分からぬ。
 だが、言う通りにこれまで住んでいた土地を諦めて余所へ引っ越すというのは、中々の覚悟が必要だろう。

「無理をさせる」
「使者様が気に病まないでください。それが私たちの運命という事なのでしょう」

 そう言って、各々必要な道具や荷物をまとめ、長老の村へと移動。
 道中、化け物たちに襲われる事も無く、無事に村へと辿り着き。

「おお! 使者様! 早速応援を連れてきていただけたのですね!」

 無事に長老に歓迎され、連れてきた者たちは村へと入っていった。
 村人全員が歓迎の雰囲気であるし、あぶれたり、外されたりする心配はなさそうだ。
 
「長老」
「なんでしょう?」
「一応確認だが、まだまだ連れてくるぞ?」
「もちろんです。正直、あれだけの人員ではほとんど変わりません。まだまだお願いしたいところです」

 長老への確認も済ませ、次なる目的地は……。
 メリの元居た村か。

「メリ、次はお前がいた村に行くぞ」
「ん? あいよ! 任せとけって!!」

 と、座って寛ぎながら『ソー』を食べていたメリは、元気に拳を突き出して。

「その後はセレナ、お主の村だ」

 セレナの方を向いてそう言うと、丁度『ソー』をすすったタイミングらしく。
 顔を赤くして俯きながら、小さく何度も頷いていた。
 む、少し間が悪かったか。

「……ちなみに『ソー』は私の分もあるよな?」

 あと、二人で『ソー』を食べてるんじゃあない。
 食べるなら私にも声をかけろ。
 ……確かに長老と話してはいたが、それとこれとは別だ。

「す、直ぐにご用意しますね!」

 と、私に言われて『ソー』を急いで完食したセレナが慌てて走って行った。
 ……用意されていなかったのか。

「見えてきたぜ!」
「ああ、私にも確認出来る」
「あ、あの//// もう大丈夫ですから!!」

 メリの案内の元、化け物に襲撃されては退治し。
 秀吉殿と最初に出会う切っ掛けになった、村へ向かう――途中。
 再度転び、足を痛めたセレナを背負って移動していたのだが、そのセレナから頭を軽く叩かれる。
 むぅ、怪我人なのだから甘えておけばいいものを。

「化け物の気配はしねぇな」
「住人の気配もなさそうだが……」

 目的としていた村には辿り着いたのだが、どうにも気配がない。
 村全体は静まり返り、人の姿もない。

「でも、化け物に襲われたのであれば建物は壊されたりしていますよね?」
「だと思うぜ? でも、特に建物に傷とかは無いんだよなぁ……」

 と、建物を観察しながらセレナとメリが話していると。

「だ、誰かいるのか!?」

 いきなり、建物の中から声がした。

「おう! メリだよ! 帰ってきたんだ! 四郎の兄ちゃんも一緒だぜ!!」

 その声に、メリが応えると。

「四郎……光の使者様か!?」

 建物の中からの声は大きくなり、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえて来て。
 
「四郎さま!!」

 建物の扉が開き、中から顔を出した住人は。
 私の顔を見るなり叫び、そして――。

「良かった。良かった……」

 と言って、泣き崩れてしまったのだった。

「私たちが村を離れて何があった?」

 泣き崩れた村の住人は、建物内へと私たちを上げ。
 しっかりと戸を閉めて腰を下ろす。

「それが……」

 私たちもその住人に続くように腰を下ろし、彼の話を聞いていると。

「どこの連中かもわからねぇ、真っ黒な集団がこの村にきやがってよ……。それで、『魔王様にお供えするんだ』って、この村から根こそぎ持っていきやがったんだ……」
「食料などをか?」
「それだけじゃねぇ。女や子供も、『魔王様への貢ぎ物だ!』って言ってよ。俺らも、もちろん黙っている訳ねぇから、最初は抵抗したんだ。そしたら――」

 そこまで言い、深いため息を吐いた後。

「あいつら、化け物を連れてきやがって……。しかも、あいつらは化け物に襲われねぇんだ。それで、抵抗を続けるなら村ごと全部破壊するって言い放って……」
「女性や子供を差し出した、と?」
「違う! 俺たちは抵抗するつもりだったんだ。――だが、連れ去られる当の本人たちが、『私たちは信じているから、必ず光の使者様が来てくれる。そうなったら助けに来て欲しい』と言って、自ら黒い集団に連れられて行ったんだ」
「そんな……」

 あまりに衝撃的な話に、セレナは口を押えて驚きの表情で、メリは歯を食いしばって拳を握っている。
 分かるぞ、メリ。私も同じ気持ちだ。

「すぐに向かおう! 黒い集団はどこへ!?」
「待ってくれ、使者様……」

 立ち上がり、住人へと問いかけるが、その住人の表情は暗く沈んだまま。
 
「何故だ!? こうしている間にも連れ去られた女性や子供たちが――」
「つい先日、また黒い集団が来たんだ!!」

 私の声より数倍大きい怒鳴り声が建物内に響く。 
 そうして、荒い息に変わった住人は、

「奴らは! 次なる供物を寄越せと言ってきたんだ!! もう! 前の供物として持っていかれた妻たちは――」

 今度は、床に伏して泣き始めてしまった。
 ……許せぬな。
 私財ではなく、他人を供物にしようというその考えが、一切解せん。
 それを、その者たちが崇拝している魔王とやらが望んでいるのか、それとも、そ奴らが勝手にそう判断しているのかはこの際知らぬ。
 だが、それが許されぬ事など、考える事も無く明らかであろう。

「もう一度言う。その者たちはどこへ消えた」
「今更……遅ぇんだ……」
「顔を上げろ! 私を見ろ!!」

 なおも顔を伏せ、泣き続ける住人へ今度はこちらが声を荒げる。

「私は誰だ!? 何が出来る!? 答えよ!!」
「ひ、光の使者様で……」
「そうだ!! 我こそは光の使者! 露草四郎時貞であるぞ!! であれば、私は何が出来る!? この村で、私は一体何をした!?」
「ば、化け物を倒し――」
「そうだ! 私には化け物が倒せる! だが、それだけか!?」
「い、いえ! 他にも、食べ物を増やしたり……水を浄化したり……」
「そうだ! して、それらは簡単に行えるものか!? 誰であっても、出来うることか!?」
「いえ! 光の使者様だからこそ出来る、奇跡――」
「そうだ! 奇跡だ!! 私は奇跡を起こすことが出来る!!」

 そこまで言って、私が何を言わんとしているか分かったのか、泣いていた住人は顔を上げ、しっかりと私の顔を見つめてきて。

「お前の妻も言ったのであろう? 信じよ! 私を!! 私は――」

 私自身にも言い聞かせながら、言い放つ。

「奇跡を起こす使者なるぞ!!」

「しっかし、山の麓に集落を作ってるとはなー」
「メリ、静かに。もうここは敵の本拠地かもしれないんですよ」

 あれから、再びの奇跡をと頼まれた私は、村人から教えて貰った黒い集団の根城へと歩を進めた。
 ……が、正直なところ、メリにもセレナにも大人しく留守番をしていて欲しかったのだが……。

「これより先は一層慎重に。少しでも危険を感じたら村へ一目散に逃げるのだぞ?」
「ハイ!」
「分かってるって」

 ううむ……返事はいいのだがな。
 正直、これまでの事を思い返してみれば、二人が素直に逃げてくれるかどうか……。
 私が気を引き締めなければ。
 そうして身を潜めながら山の麓を進んでいると、

「待て。気配がある」

 ある場所で、人の話し声のような音が聞こえた。
 二人を止まらせ、静かにその場所を観察してみれば。
 山の麓にぽっかりと開いた洞窟。
 そこに、数人の見張りが立っていて。
 聞いていた通りに、全身を真っ黒な衣装で包んだ集団が、その洞窟へと入っていくのが見える。
 洞窟の中は……確認できないか。
 
「ここで待っていてくれ。中を探ってくる」
「じゃあ私も――」
「待っていてくれ」

 案の定というか、セレナが付いて来ようとするが。
 何が起こるか分からない以上、断固二人には待機してもらう。 
 
「わ、わかりました」
「チッ……」

 セレナどころかメリまでついてくる予定だったのか……。
 やはり二人は私の言う事を聞いてくれないのか……。

「では、行ってくる」

 そう二人に言い、静かに身を潜めていた茂みから抜け出して。
 洞窟の見張りの会話に耳をそばだてる。

「はぁ、にしても、確かに化け物たちには襲われなくなったが、食っていくには厳しいな」
「襲われないだけマシなんだろうけどな。にしても、腹は減ったな……」

 見張りが不満を口に出している。
 待遇があまり良くはない、という事か。
 
「光の使者様が村にいた時は良かったんだがな……」
「しっ! 魔王様の耳に入ると処分されるぞ!!」

 ――ほう。
 私の事を知っているという事は、だ。
 これは、私が姿を見せれば、こちら側に戻って来るのではないか?
 だが、今は二人とも魔王とやらの陣営にいる。
 ただ無策に姿を現しても、魔王とやらに報告されるだけかもしれぬ。
 何か策が必要か。

「遠くで陽動を仕掛けて、その間に洞窟の中に入り込むのはどうだ?」
「洞窟の中にも黒い集団がいるはずです。ここはもっと慎重に……」

 何故二人がついて来ているのだろう。
 私はちゃんとしっかり待っているようにと伝えたはずなのに。
 ……もう、いいか。

「あの見張り達は私の事を知っているようだ。何とかこちらに戻せないだろうか?」
「う~ん……難しいんじゃないか?」
「どうしてそう思うんです?」
「だって兄ちゃん、わざわざ魔王とかいう奴の側に行ったんだろ? だったら、そうせざるを得なかった理由があるって事じゃんか」
「ふむ、それはそうかもしれないが……」
「だったら、その理由を取り除かないと戻ってきてくれないんじゃねーかな」

 なるほど。
 メリの言う事は一理ある。
 とはいえ、その理由か……。
 心当たりはあるが――。

「飯の心配が要らないってのが一番じゃねぇの? どうも、腹空かせてるみたいだぜ?」
「それと、しばらくは私が護衛するというのも必要であるだろうな」

 メリの言った空腹は、今の魔王の下で働いている不満であり、魔王へと寝返った理由にはならない。
 であるならば、彼らが話していた、化け物に襲われなくなった、というのが主な理由であろう。
 そこをどうにかしなければ、もしここで改心させてこちら側に引き戻したとして。
 私が村を離れ、その村が化け物に襲われれば、今のように魔王側へと戻るだろう。
 ……難しいな。
 恐らく私は、一つの村に留まることは出来ない。
 いや、正確ではないな。
 留まろうと思えば留まれるが、そうしたところで事態は一向に好転しない。
 結局は、あの化け物を産み出しているという魔王……徳川家康を討たねばならん。
 そうでなければ、根本的な解決にはならないだろうからな。
 つまりは、今の事態を解決し、皆が安心して暮らせる世の中にするためには、私は短くない期間は村にいないだろう。
 その間に化け物に襲われてしまえば、先の通りにまた魔王の方へと走らせる理由になり得る。
 ……どうしたものだろうか。

「あの金ぴかの兄ちゃんが出した光の弾が常に出せりゃあいいのにな」
「ほう? それはなぜ?」

 私がどうしたものかと頭を悩ませていると、そんな事を言いだしたメリ。

「だって、あの光の弾が着弾したら、化け物たちが消失してたろ? じゃあその光の弾がずっと存在してりゃあ化け物が近寄れないんじゃないかって」
「でも、あれって複数人の光の陣営が必要になるんじゃ……」
「そうだ。……だが、もしかしたら、狭い範囲を守るためならやりようはあるかもしれない」

 そう言うと、セレナとメリの二人から顔を覗き込まれる。
 あくまで、希望的な観測ではあるが。

「秀吉殿が操っている以上、あれらも『奇跡』の力なのだろう。ならば、何か触媒があれば私にも可能なはずだ」
「触媒って言ったって、人の命を使うなんてのは論外だぜ?」
「メリ! 四郎様がそんな事をするはずがないでしょう!」
「もちろんだ。それに、触媒については今思いついたものがある」

 そう言って、メリが背負っている十文字槍を指差して見せると。
 二人ともが顔を見合わせ、確かに、と頷き合う。
 長老曰く、私の持つ刀と同様に光って見えるという十文字槍。
 それは、光の使者どころか盟主である秀吉殿の扱った槍。
 それならば、触媒には十分なのではないか?
 私の至らぬ頭で考えたが、中々にいい線を行っているのでは?
 そう脳内で自画自賛していた時だった。

「誰かいるのか!?」
「――っ!?」

 突如として、鋭い声が飛ぶ。
 それは私達に向け、洞窟の見張りを行っていた者たちが発した言葉。
 潜んでいて、小声で話していたとはいえ、洞窟の近くに潜み過ぎたか……。
 今更悔やんでも仕方が無い。
 『奇跡』の力を振るえば、即座に無力化出来るだろう。
 徐々に近寄ってくる足音に耳を澄ませ、すぐにでも『奇跡』を、刀を振るえる状態で待機。
 その時を、心の中で数え――、

「ここか!?」
「『意識を奪え』!」

 茂みをかき分ける手と、その手の持ち主に刀を鞘から抜かぬまま振るうのが交差。

「ぐっ!?」

 そして、『奇跡』の力が込められた一撃は、その通りに意識を奪い。
 白目を剥きながら地面に倒れる見張りに残心しつつ、立ち上がる。
 ――すると、

「誰だ!!?」

 もう一人いた見張りにしっかりと私の姿が見られてしまった。
 しまった、と思うも過ぎた事。
 悔いるよりも前に、仲間を呼ぶ、騒がれる、それらを行われるよりも早く、先の見張りのように意識を奪わなければ。
 そう思って刀を握り、一歩を踏み出した瞬間。

「まさか……四郎さまでありますか?」

 見張りの口から、私の名前が出てきた。

「何者だ?」

 間合いを詰め、すぐにでも刀と『奇跡』を振るえる状態で問い詰める。

「ま、前に四郎さまを村から逃がした内の一人です」
「……そうか、あの時の――」

 まだ私が『奇跡』の力の使い方を理解しておらず、化け物達に苦戦していた時。
 化け物の襲撃を退けられず、村を捨てるしかなかったあの頃。
 私が状態を万全に戻して村に戻ったが、その時にはもう村は……。

「あの時は済まなかった。あの頃は、まだ私に化け物を掃討出来る力は無かった」
「いえ、いいんです」
「だが! 今は違う! 今はもう、化け物ごときならば束になって来ようとも遅れは取らん」

 そう私が強く言ったとき、私の声に反応したのか洞窟の奥から三体の化け物が現れて。

「そこで見ているがいい」

 見張りにそう言って、刀を抜き。

「『首を落とせ』!!」

 その場で、三度ほど刀を空振りさせる。
 それだけ。
 たったそれだけで、こちらに向かって来ている化け物たちの身体が大きく傾き。
 次の瞬間には、首と胴体が離れ、動きの勢いが徐々になくなり、前のめりに倒れ、動かなくなる。
 当時の私には、到底出来なかったであろうその動きに、見張りは口をあんぐりと大きく開け。
 私が刀を鞘に納める音に、ようやく我に返った見張りは。

「い、今のは!?」

 私の肩を掴んで揺さぶりながら、『奇跡』の事を尋ねてくる。

「化け物どもを屠る力。『奇跡』の新しい使い方だ。言っただろう? 今は違う、と」

 そう言うと、私の肩を離して後ろに後ずさり。
 見張りは地面に座り込んでしまった。

「聞くが、洞窟の奥には何がある?」
「じ、巡回部隊が攫ったり奪ったりしてきた魔王様への貢ぎ物が集められているはずです……」
「その魔王様と言うのはやめよ。あやつは、化け物を産み出し皆を、皆の村を襲わせた元凶であるぞ」
「でも、魔王様を崇拝しないと化け物に襲われ――」
「二度とさせぬ! 二度とだ!!」

 他の者たちがどうかは分からんが、この見張りが魔王側へと行ったのは、そうしなければまた化け物に襲われるから。
 ならば、今はそれを取り除くのが先決。
 そして、私が化け物を軽々と屠れる力を付けたのは先ほど見せつけた。
 それが、担保となるはずだ。

「この中には何がある?」
「わ、私たちの居住空間と、魔王様の偶像が……」

 化け物が倒れた先を指差して尋ねれば、そのような答えが。

「セレナ、メリ」
「はい!」
「なんだよ」
「決して私から離れるなよ」

 私は当然洞窟の奥へと進むが、二人も着いてくると言って聞かぬだろう。
 ならば、どんな状況になっても二人を守れるようにしておくことが重要。
 ……もはや私が諦めただけなのだがな。

「「はい!!」」

 普段の私の言う事は聞かぬくせに、こういう時だけ返事がいい。
 ……まぁ、ここまでついて来ている以上、今更か。
 見張りにはそのまま見張りを続けてもらい、私達は洞窟の奥へ。

「それで? 奥に行ってどうすんだ?」
「魔王とやらを崇拝している者たちの前で、化け物どもを全て討つ」
「そ、それには何の意味が……?」
「化け物に襲われるという恐怖からこの魔王崇拝に参加した者たちが、あの見張りを含めて存在する。ならば、化け物に襲われたとて、対抗できる術があると知れば、こちらに戻って来る者たちも居よう」
「な、なるほど……」

 洞窟の中は薄暗く、視界が悪い。
 足元を注意し、これから進む先に化け物が居ないかを注意深く観察しながら進んでゆく。
 もちろん、会話は可能な限り小さな声で。

「でも、そう上手く行くか?」
「もちろん、それだけでは全員をこちら側には戻せないだろう」
「では、どうするのでしょう?」
「私が『奇跡』を使う。どのような悩みがあってここへと入ったかは分からないが、その悩みを取り除きさえすればよいのだ」

 あくまで可能な限り、ではあるが。
 化け物に襲われた息子を救うため、などと言われたら流石に私にも、『奇跡』にもどうしようもない。
 だが、見張りの言葉にあった、

「食っていくには厳しい」

 という部分。
 化け物に村を襲われ、食い物に困り、ここへ入って来た者たちも当然いるはずで。
 その者たちには、私の『奇跡』は文字通りの奇跡――救いの手のように映るであろう。
 ……色々と考えたが結局、ここの者達の崇拝の対象を、魔王などと言う人間に害する存在ではなく、私に挿げ替えてしまう、というのが分かりやすい。
 正直、この世界でも、元居た日ノ本でも、そう扱われる事には慣れてしまったからな。

 む、洞窟の奥に明かりが見えるな。
 二人には壁際に寄って待機するように指示を出し。
 そっと明かりの方を覗き込んでみると。
 複数体の化け物に取り囲まれ、松明に照らされながら、何やら変な形の像を拝んでいる集団が。
 あの像が魔王――徳川家康か。
 周囲にいる化け物は……五体。
 やれなくはない……が。
 果たしてあそこにいる者たちは、化け物を倒したとして私について来てくれるのだろうか?
 あの者たちがこの状況に不満を持っているという確信が欲しい。
 そう思いつつ、観察をしていると。

「お母さん……」

 突如として洞窟に響いたのは子供の声。
 とてもか細く、そして震えていて。
 怯えと恐怖が混在しているような、そんな声。
 そんな声をかけられた、子供の母親らしき人物は。
 ギョッと目を見開き、すぐさま子供を引き寄せて。

「すみません! すみません!」

 と、化け物どもに頭を下げはじめ、

「ほら! あなたも!! 謝りなさい!!」

 子供にも、自分と同じように化け物達に頭を下げるように指示を出す。
 その表情は、到底自分の意思でその行為を行っていると思えるようなものではなく。
 子供の声と同じく、恐怖が支配しているような、そんな表情。
 そして、

「――っ!?」

 その母親と、目が合った。
 流れる一瞬の沈黙。
 直後、ハッキリと。

(たすけて)

 唇がそう動くのを確認。
 であれば話は早く、もう迷う事も無い。
 義を見てせざるは勇無きなりという言葉もある。
 だが、闇雲に突撃したとして、化け物がその場に居る者たちに危害を加えないという保証もない。
 どうしたものか……。
 ――これは、使えるのではないか?
 洞窟に響くのは子供が母親と一緒に化け物へと謝罪している声。
 そして、それを満足そうに聞き、グッフッフと下品に笑っている化け物の声。
 そこへ私は文字通り一石を投じるべく、足元の手頃な石を手に取って。

「『奇跡よ、この投石にて化け物の頭を貫け』」

 そう呟き、手元の石が輝いたことを確認。
 そのまま、大きく振りかぶって投擲(とうてき)すると。
 ――ビュッ!!
 と、風を切る音が聞こえ、直後。

「ぐぎゃあぁぁぁあぁっっ!!」

 見事に化け物の眉間に命中。
 そのまま貫通し、頭を抑えて倒れこむ化け物の一体。
 途端に騒がしくなり、何事かと辺りを見渡す化け物達と崇拝者。
 その中でも、私に助けを求めた母親だけは、私の方をしっかりと見つめており。
 その視線を真っすぐに受け止め、頷いて。

「『奇跡よ! 化け物の背後に!!』」

 渦中へ、私も飛び込んでいく。
 最初に飛んだのは、母親や子供の謝罪を受けて満足そうに笑っていた化け物の背後。
 そして、その首。
 背後に飛んだ直後、身体を捻って振り向きざまの一撃は、正確に化け物の首を捉え。
 その首が地面へと落ちる前に、一番近い化け物へ地を蹴り接近。
 ようやく化け物が私の姿を視認したようだが、あまりに遅い。
 二体目。

「きゃぁー--っ!!」

 と、崇拝していた女性の一人を掴み上げ、自分の盾のようにする化け物が出てきた。
 次は貴様か。

「『背後へ』」

 『奇跡』を発動し、死角である化け物の背後へと飛び。

「『化け物だけを斬り捨てろ!!』」

 そう叫んで刀を振るえば、その通りに。
 三体目は胴体から身体が分断され、掴まっていた女性は無事。
 その女性を受け止め、崇拝していた者たちに預けると。
 今度は洞窟の奥へと逃げようとしている化け物に向かい、

「『化け物の首を落とせ』」

 と『奇跡』を行使して刀を振るう。
 直後、断末魔が聞こえ、首が落ち。
 走っていた速度が段々と落ち、そして体が倒れこむ。
 終わったか。
 ――いや、念には念を。
 私が投石で頭を貫いた化け物も首を落としておく。
 さて、

「皆、ここに来た理由はなんだ?」

 静かになった洞窟内に、私だけが声を響かせる。

「見張りの者にも聞いた。化け物に襲われないためにここにいるのか? 帰るべき村が無くなったからか?」
「わ、私は――」

 私の問いかけに、最初に答えたのは私に助けを求めたあの母親だ。

「私は、息子と共にこの場所へ連れてこられました。突然村から連れ去られ、私の意思を無視してこの場所で過ごすようにと……」

 そう言って顔を覆い、すすり泣き始める母親。
 だがその発言が呼び水となった。

「俺は――」
「私は――」

 その場に居た者たちが口々に、自分たちがここに連れて来られた経緯を話す。
 聞く限り、この場にいる者たちは望んでここに来ては居ないらしい。
 ならば、何故?
 そう考えていると、

「何の騒ぎだ!?」

 洞窟の奥から、声。
 威圧するような大きい声だったが――それも、

「ひぃっ!?」

 洞窟の奥へと逃げようとし、私に首を斬られた化け物の骸を見た瞬間の情けない声で台無し。
 しかも、

「『あの者の眼前へ』」

 『奇跡』を行使し、歩いてきたその者の目の前へと飛ぶと、

「びゃぁっ!?」

 驚きのあまりに尻もちをつき、腰でも抜けたか立てぬままにあわあわと慌てるのみ。
 その者の胸ぐらを掴み、持ち上げて。

「全ての説明をして貰おう」

 そう睨みつけながら言った。
 すると、

「は、は、はひぃ」

 まるで化け物でも見るような怯えた目で私を見ながら。
 情けない声で、これに了承するのだった。
 ……失礼な。

 話を聞く限りでは、見張りの話とそう変わりはなかった。
 ただ、確実に一点、見張りの話と違う箇所が。
 それは――、

「直接、『魔王』という存在を見たのだな?」
「……はい。宙に浮き、闇に包まれて顔などは分かりませんでしたが……」

 魔王の姿を見ていたという事。
 そして、その魔王が、手から闇を滴らせ。
 その雫が地面に落ちると、大地から化け物が出現した、と。
 つまり、この者は化け物が創り出される瞬間を見ていたことになる。

「そして、私を信仰するのであれば化け物も襲わないだろう、と。そうして、化け物に皆が襲われない世界を作るために、この事を布教しろ、と」

 目の前で突如として創り出される化け物。
 そんな目を疑う光景の後にそう言われれば、従うしかない、か。
 そうして布教し、人数が増え、ある程度力を付けたという事か。

「にしても、なんで村を襲って女子供を攫うんだ?」
「それは……」

 メリの言葉に男が目を伏せる。
 まぁ、そういう事なのだろう。

「で、でも、攫った奴らだって殺してはいない! それだけは本当だ!!」

 実際、洞窟の奥にはまだまだ女性や子供たちが居た。
 ……牢に入れられ、鎖に繋がれ。
 満足に食事をしていないのかやせ細った者や、病気をしているのか横たわって動けない者も居たが。
 そして、その場所はまるで見張りとでも言うように化け物が数体配置されていたが、全て動かぬ骸へと変えた。

「確かに全員生きてはいたが、それはそれとしてお前の行っていたことは明確に悪事だ」
「でも、俺はそうするより仕方なく……」
「布教活動だけならばそうかもしれぬが、人攫いをした時点で罪。まぁ、その判決は村に行ってからゆっくりだ」

 そんな事よりも、私にはやることがある。
 病気により動けぬものに――『奇跡』を。

「これほどの人を連れて来てくださるとは……」

 メリの村へと一度帰り、そこで村から連れて行かれた女性や子供と村人の再会を見守り。
 そこから事情を伝え、村長の元へと送り届け。
 現在は、私が『奇跡』で増やした食料の備蓄を存分に振舞い、村全体で大宴会という所。
 空腹には粥がいいと聞くが、消化に良ければなんでもいいだろうという事で、皆には『ソー』が振舞われている。
 もちろん私にも。

「美味しい……」
「おかーちゃん! これ美味しい!!」
「久しぶりにまともな食事だ……」

 と、洞窟にいた人たちにも高評価。
 腕によりをかけて作ってくれたセレナに後で感謝をしておかねばな。

「そういや兄ちゃん、洞窟の前で言ってた事なんだけどさ」

 いち早く食べ終わったメリがそう切り出した。
 
「化け物から村を守るという話であろう? ちょっとその槍を貸してくれ」

 私自身、それが成功するという確信はない。
 だが、試さずに諦められるような人間でもない。
 皆が騒ぎ、笑っている中へ。
 恐縮だが、槍を掴み歩いて行って。

「……」

 喧噪が収まり、シンと静まり。
 皆の視線が、私に集まっているのが分かる。
 そんな中、私は。
 ――手に持った槍を、思い切り地面に突き立てて。

「『奇跡』よ! この槍ある限り、この地を異形の化け物共から遠ざけ給え!!」

 そう強く、叫んだ。
 ――瞬間、槍の穂先からまばゆい光が発せられたかと思うと、その光は地面に吸い込まれていって。
 地面から、光の波が村の外へと向かって進んでいく。
 そして、村全体を覆うように光が進んだ後、ゆっくりとその光は納まっていき……。

「い、今のは?」

 事情が分からない村人たちが、不思議そうに私の方を見て呟く中。

「兄ちゃん、出来たのか?」

 メリが、そう尋ねてくる。
 その言葉に頷き、槍から手を離し。

「聞け!! たった今、この地は光の使者である我の領土とした! この光の使者の領土、闇の眷属如きは何人たりとも近付けさせん!!」

 そう言った瞬間、上がる歓声。
 そうして再び騒ぎ始める村人に、

「ただし!! この槍を抜けばその限りではない!! 決して槍を動かすな!! この地を安寧の地のままにしておきたいならば、皆でこの槍を守護するのだ!!」

 そう叫ぶと、再び静寂が訪れ。
 村長の方を見れば、ゆっくり深く頷いてくれた。
 これで、この村は大丈夫……なのだろう。
 正直なところ、私の考えが、判断が。
 正しいのかを証明するために、化け物が襲ってきて欲しいとも考えるが、流石に不謹慎すぎる。
 ただ、三度目の盛り上がりを見せる村人たちを眺めながら、『ソー』のおかわりを貰おうと腰を下ろし。
 大きく息を吐いた……瞬間。
 槍から、強い光が発せられたかと思うと、突如として人影が現れて。

「おお、ようやくお呼びがかかりましたかな?」

 その人影は、そう言うと、ゆっくりと私の方へと歩み寄ってくる。

「お、お前は――」
「待ちわびましたぞ、四郎様。さ、何なりとご命令を」
「山田右衛門作!!?」

 山田右衛門作。
 私がこの地に来ることになった切っ掛けであろう島原・天草での一揆。
 その首謀者の一人にして、まとめ役。
 更には、どう動くかを考え、策を練り、私たちが頭脳として頼った、その男。
 そんな人物が、唐突になぜこの地に……。

「なぁ、兄ちゃん、この人誰だ?」

 メリにしてみれば見知らぬ右衛門作に警戒をするのは当然。
 それはもちろん、セレナや、村の住人にとっても同じ。
 だが、

「心配するな。私たちの味方だ」

 右衛門作を知る私は違う。

「少し見ない内にたくましくなりましたな」
「まだまだ、己の未熟さに痛感する日々よ」

 そう声をかけ合いながら互いに歩み寄り。
 ゆっくりと右手を差し出して。

「力を貸してくれ、右衛門作。今の私には荷が重い状況なのだ」
「何やら訳が分からないというのが本音ですが、聞きましょう。元より、私はあなた様の力になるために参ったのですからな」

 その右手を掴み、力強く握り返してきた右衛門作はニッコリと笑うと。

「しかしその前に……是非とも皆が食べている食事を振舞って頂きたい。なにせ、徳川に捕らえられてからろくな食事にありつけていませなんだ」

 ほとんどの者が持っている椀。
 その椀の中の『ソー』を欲しがるのだった。

「大方理解致しました」
「奇々怪々な話であっただろうが、すべて事実だ」
「でしょうな。私はあなた様を信頼しておりまするゆえ、あなた様の言葉は信じまする」
「それで? どうすりゃあいいと思うんだ?」

 セレナとメリ。
 この世界で私が体験したことは、ほとんどこの二人も同じく体験している事。
 だからこそ、私が見たこと感じたことを、第三者として補足してもらう為に右衛門作への説明の場に同席させたのだが。
 メリ……と言うか、子供は容赦がない。
 真っ直ぐな質問に、思わず右衛門作も言葉が詰まったようだ。

「やはり情報収集が必要でしょう。あなた様は太閤殿を討ち、光の使者の座に就いた。相対する闇の使者はあの徳川家康。どれだけ備えてもやり過ぎという事は無い」
「だが、一体どうやって情報を? 向こうが操るのは言葉も喋らぬ異形の化け物。よもや捕らえて情報を吐かせるなどと言うまい?」
「無論、そのような事は致しませぬ。……それに、あちら側の情報を持っている者たちはこちらに居るではありませんか」

 そう言った右衛門作は、村のお祭り騒ぎの中で、その中に入らぬようにと隅の方に寄り、膝を付けて『ソー』をすする面々を指差して。

「あの方々が、先程あなた様がこちらに連れてきた、洞窟内に居た者たちですね?」
「そうだ。……なるほど。確かにあの者たちならば、徳川の事を知っている、か」

 右衛門作の言わんとしている事が理解できた。
 何も彼らは、最初から徳川の方へ味方していたわけではない。
 ここに居る皆と同じように、村で農作業などに従事する村人だったはずだ。
 それが、化け物どもに村を襲われ、住むところを追われ。
 そうして、生活する場所を制限され、食料すらもままならず。
 渋々、あちら側へとついた。
 そしてそこで、徳川本人に直接会った者も居る。
 もっと詳しく話を聞く価値は、十分にあると言える。

「聞いて来よう」
「私も行きましょう。この地の事も、もっと詳しく知りたいですからな」

 『ソー』を平らげ、立ち上がった私を追うように、右衛門作は立ち上がると。
 私より先に、かの者たちのもとへ。

「少々、お話をよろしいかな?」
「!? ……は、はい」

 声をかけられた者は、驚いたのか軽く身体が浮いたような気がするが、それでも、私や右衛門作から逃げたりはせず。
 何なりと、と言って、質問に応じる構えを取る。

「そなたらの言う魔王という存在。これについて、可能な限り教えて欲しい」

 そう言うと、ポツリ、ポツリと説明を始めた。

「洞窟の中でも言いましたが、宙に浮き、顔は確認できませんでしたが……」
「それはいい。……そうですな、例えば、化け物を産み出す瞬間などは見ましたかな?」

 洞窟の中に居た男。
 その人物に、魔王こと徳川家康についての説明を求める。
 特に知りたいのは、家康の力であろう。
 太閤秀吉殿は、私に授けた『奇跡』よりも、圧倒的な『奇跡』を見せた。
 私の『奇跡』を持ってして折れなかった、『奇跡』により修復された十文字槍。
 私が『奇跡』を重ねてようやく逸らす事だけが可能だった、そもそもの強さ。
 それと同様と言えるだろう力が、家康にも備わっているはず。
 あの光の使者と対になる、闇の使者であるはずなのだから。

「い、いえ……。魔王さ――あの方は、誰かの前で化け物を産み出すことはしませんでした。どこかに消えたかと思うと、少ない時で数体。多い時には二十を超える化け物を引き連れて戻って来て……」
「どこかの村を一緒になって襲わせた?」
「は、はい……」

 そう言って項垂れる男。
 未だに魔王様と呼ぼうとするところはなんと言うか……。
 それにしても、なぜ家康は力を行使するところを見せないのだろう?
 これ以上ない、自分の力を見せつける絶好の機会の筈。

「見せつけても意味がないと考えるか……」

 どうやら右衛門作も私と同じところに疑問を持ったようだ。
 ……それもそうか。人を越えた力、それをどうすれば上手く活用できるか、私にそれを実感させたのは右衛門作であったからな。

「それとも……見せることが出来ない理由があった、か」

 だが、そんな右衛門作の考えは、私の一歩先を行く。

「どういう事だ?」
「簡単な事です。目の前で力を見せつける。これが一番効果的です。ですが、それをあえてしていない。そこには必ず理由が存在する。……例えば、誰かに見られていると化け物を産み出せない、とかですな」

 右衛門作も、その考えを自分の中だけに留めず、私やセレナ、メリにも共有。
 少しでも情報が欲しい以上、自分以外の視点や着想、発想が欲しいのだろう。
 三人寄れば文殊の知恵と言われているのもあるだろうか。

「なぜ見られていると出来ないのだろうか?」
「それが力の制約、となればそれまでですな。あなた様の『奇跡』も、声にしなければ行使できないのでしょう?」
「確かにそうだ」
「ですが、ここで思考を止める気はありません。他には……そうですな、実は化け物は、産み出しているのではなく変化させている、というのは?」

 そう、右衛門作が口にした瞬間、最初は一瞬だけ意味が分からなかった。
 だが、その意味を理解した瞬間――全身に鳥肌が立った。

「それは――」
「……はい。確認ですが――」

 私に向けてゆっくりと頷いた右衛門作は、洞窟に居た男を振り返り。

「あなたは魔王から、魔王を信仰すれば化け物からは襲われない。だからこれを急ぎ広げる事、こう言われたのですね?」
「は、はぁ……」
「ここで注意するべきは、信仰するだけで襲われなくなる、という点です」

 そこで区切りをつけた右衛門作は、静かに私の方へと向き直り。

「それはつまり、魔王に従う意思があるかどうか、これを化け物は感じ取ることが出来るという事」
「……そして、一定以上の信仰を確認出来たら――」

 右衛門作が何を言おうとしているのか。
 そして、その結果、あの化け物はどうやって生まれるのか。
 それが……分かってしまった。

「人間を……あの化け物に変化させることが出来る」
「――っ!?」
「マジかよ……」

 私が口にした瞬間、口を覆って驚くセレナと。
 そんな馬鹿な、という表情で、同じく驚くメリ。
 私だって、そう思いたくはない。だが、それが真というならば。
 村人の前で、化け物を産み出さない理由も。
 どこかへ消えた後、化け物を複数体引き連れてくる理由も説明がついてしまう。

「さて、質問です。洞窟へと連れて来ていた女性や子供。その者たちは、どうなるのですか?」
「……魔王――が、定期的に連れて行っていた」
「その他、男性も引き連れて、ですね?」
「あ、ああ……」

 正直、そう思いたくない気持ちの方が強い。
 だが、確定的な証拠は無いが、状況だけでもその事実を裏付けてしまっている。

「つまり私は……元人間を――ただの村人へ『奇跡』を使っていた……?」
「そうなりますな。……ただ、正直な所、化け物は化け物でしかない。それになる前が人間であろうとなかろうと、結局は人を、村を襲う化け物でしかない」
「――だが!?」
「しっかりなされよ! そう言うならば、我らを弾圧し、重税を課していた松倉もまた、同じ人間ですぞ?」
「それは……」

 自分が何の罪もない、ただ化け物に変えられただけの村人を斬っていた。
 その事に取り乱す私に、右衛門作は強く言う。

「勘違いなされるな! 全を救うは我らにあらず! それは神の役割。……我らは、目に見える範囲の僅かを救う事しか出来ませぬ」
「それは……『奇跡』を行使出来る私でも……か?」
「少なくとも、今まではそうでしょう。……ですが、事情を知ったこれからならば分かりませぬ」

 そう言った右衛門作は、私の肩に手を置いて。

「これから化け物に出会った時は、倒さずに元に戻せばいいのです」
「……出来るだろうか?」
「闇の使者が人間を化け物に変えるのならば、その対となる光の使者は逆のことが出来て不思議ではない」
「……そうだ、太閤殿が、この世界は徳川との盤上戦だと言っていた」
「つまり、駒はひっくり返すことが出来る……。何度でも」

 ここで、ようやく太閤殿の言葉が理解出来た。
 ……だが、同時に疑問も生まれる。

「だが、何故太閤殿はそれをしなかったのだろう?」
「一度寝返った駒を信用出来なかったのでしょう。白に何を足しても、一度変化してしまえば純白には戻りません」
「……それを嫌い、新たに村を出現させていた、という事か」

 それならばあの宝塔の意味も理解出来る。
 何故村人を犠牲に、新たな村人を生み出すような代物だったか。
 あれは、そもそもが自分を裏切った者たちを、新しく生み出しなおす為のものだったのだな。

「さて、ここまで言っておいてなんですが、あくまでもこれは仮説。何の根拠もない私の想像でしかない」
「それを確定させたい、と」
「左様」

 そう言った右衛門作は、この村の長老のもとへと足を運び。

「少し、込み入った話をさせていただきたい」

 と前置きした上で。

「魔王に加担し、多数の村で化け物と共に誘拐や襲撃を行ってきた者達。その者達の行動への償いとして、しばし、我らと共に行動させたい」

 そう告げて。

「それは……どのような事で?」

 折角増えた村人たち。
 それも、男手として期待していたであろう人間を、いかに罪滅ぼしの為とは言え、詳細の分からない行動は村長として許可できない。
 恐らくはそのような考えであろう長老の問いに、右衛門作は静かに返す。

「彼らは一度は魔王に忠誠を誓い、魔王を信仰した。それが、我々に言われたからと即座に消えるとは考えにくい」
「……つまり?」
「簡単に言うのならば、化け物達をおびき出す餌、あるいは生贄と直接言った方が分かりやすいですかな」
「なっ……!?」

 あまりにも単刀直入に、そして、隠さずに伝えてしまったために、長老の顔には明らかな動揺。
 そして、そうなると必然……。

「そ、それは流石に……」

 人手を失うかもしれない、という思いから、右衛門作の提案を拒否しようとして。

「もちろん、我々もただ化け物を呼びだしたいだけではない。我々の立てた仮説では化け物達も元は人間。そして、それを元に戻せると踏んでいる」
「あ、あの化け物達が……人間?」
「そうなれば、もちろん人手を連れて帰ってくることが出来るのだ。それに、光の使者も共に参り、傍に居る。万が一にも人手を失うような事態にはなりますまい」

 そう続けられ、次第に話の流れはどこまで行くのか、という話に。

「確か、あなた様がその刀を手に入れた泉。そこで、魔王を信仰する者たちの話を聞いたのでしたな」
「いかにも。だが、あの場所は光の使者ゆかりの地のせいか、化け物に襲われたような様子はなかったぞ?」
「ですが、その周辺には泉の水を怪しい儀式に使う集団が居るとのこと。ここを訪問してみようかと思います」

 そう右衛門作が言ったとき、洞窟内に居た――つまりは一度魔王側へと渡った男の一人が、勢い良く立ち上がり。

「あ、あ、あいつらの所に行くつもりか?」

 そう、慌てた様子で。

「何か知っているのか?」

 という私の問いにも、

「いやだ。あいつらの所にだけは絶対に嫌だ……」

 と首を振ってうわ言のように繰り返すだけ。
 このままでは何も聞けない、ど、どうすれば……。
 ――その時。
 周囲に、乾いた音が響いた。
 ……隣には、手を振り上げている右衛門作。
 そして、私の目の前で、先程首を振ってうわ言のように呟いてた男の頬は赤くなっており。
 恐らく、右衛門作が男の頬をぶったのだろう。
 
「女々しい事を言いなさるな。男が廃りますぞ」
「お、お前たちはあいつらの事を知らないからそう言えるんだ! あいつらの話は私達にも伝わって来た!! あいつらにだけは近付いちゃいけない!」
「具体的な話を聞かせ願えますかな?」
「あ、あいつらは魔王親衛隊を自称してる連中だ! 魔王の為とあらば文字通りなんだってする! 俺は一度だけ、あいつらの事を見たことがあるんだ……」

 ぶたれて赤くなった頬を擦りつつ、それでも泉の近くにいる連中の恐ろしさを説くその男は。
 瞳を潤ませながら、半ば怒鳴るような勢いで私達に伝えてくる。

「化け物が捕らえた村人たちを縛り上げ、それを見せつけながら一緒に来いと誘うんだ! 拒んだら……縛られた村人に……火をつける」

 その時の光景を思い出したか、最初は怒鳴り気味だった声も段々と小さくなっていき。
 そして、最後には聞き取るのが難しいほどの声量に。
 ただし、その内容は声の大きさとは対照的に、大きな衝撃を私達に与えるもので。
 その言葉を聞いた瞬間、その光景を想像してしまったのか、セレナが小さく息を呑んだ。

「火をつけられた村人は当然叫ぶ。それを見せながらまた言うんだ。一緒に来い、と。……断れるわけも無く、自分の意思を無視してその言葉に頷いてもその村人は助けない」
「それは……」
「ただ見せしめにするためだけに、同じ人間に火をつける。……当然、周りがなんと声をかけようとしても、その者の火は消されなかった。そんな所業をする連中に、近付きたくないと考えるのは俺が女々しいからか!? あんな……悪魔のような連中に、関わりたくないと思うのは私が弱いからか!?」

 そう叫び、言いたいことは言い切ったと力を抜いたその男に。
 右衛門作は声をかける。

「弱いからでしょうな」
「なっ!?」
「相手が理不尽であろうと、化け物を連れていようと。義を見てせざるは勇無きなり。あなたには、勇気がない」
「お前たちに何が分かる!! 自分よりも圧倒的な力を前にしたことがないお前たちに!!」
「……すまないな。私たちはあるのだ」
「……は?」

 男の心には、きっと私たちが無知だという思いがあったのだろう。
 何も知らない、と。私に『奇跡』があり、その『奇跡』無しでは何にも敵対していないだろう、と。
 だが、私も、右衛門作も。
 言ってしまえば化け物よりも強大なものに私たちは喧嘩を売ったのだ。

「我々は一度、国に対して勝負を仕掛けました」
「それも、私利私欲で私腹を肥やす領主から、厳しい生活を強いられた者達を救うためだ」
「そこには仲間こそ居れど、我々に特別な力などは無かった」
「それでも、成し遂げなければと皆で一致団結したものよ」
「じゃ、じゃあ、俺はどうすれば良かったんだ!!」

 私と右衛門作が島原・天草での一揆の事を懐かしんでいると、またも男は叫ぶ。

「どうもこうも、今口にしたところで過去は変わりませぬ」
「ゆえに、当時の事も合わせて、償う必要があるだろうな」

 その叫びに、私と右衛門作は。
 魔王に加担していた事、そして、見ていたにもかかわらず、自分の弱さゆえに弱者を見殺しにしたこと。
 それらの償いを迫る。

「……一緒に行けば、その償いになるってのかよ!!」
「何もせぬよりは、遥かに」
「別に俺は、何もしないわけじゃあ……」

 そう言って私達から去ろうとした男が、振り返り、目にしたのは。
 ずっと静かに話を聞いていた、メリ。
 ただし、その手だけは強く握られており、唇も、血が滲むほどに噛み締めている。
 
「ずっとさ」

 そんな、見るからにわかる体に入った力を抜いて、静かに喋りはじめたメリは。

「兄ちゃんと一緒に戦えたらって思ってたんだ。だから、あの槍が渡された時は滅茶苦茶嬉しかった」
「メリ……」
「でもさ、兄ちゃん言ったよな? 出来れば戦うなって」
「言ったな」
「あれってさ、滅茶苦茶ショックだったんだ。ああ、戦力になれないんだって」

 そう言って、俯く。

「でも、でもさ。だったら、自分に出来ることをしようって思ったんだ。少しでも兄ちゃんの役に立とうって……だから」

 そこで一呼吸置き、

「自分の考えだったり、兄ちゃんへの助言にならないかって、思ったことを口にすることにしたんだ。それしか思いつかなかったから」

 そう、言葉を、思いを紡ぐ。

「それしか、出来なかったから。村を化け物に襲われて、住む所も無くなって。でも、兄ちゃんが居れば、何とかしてくれるって、そう思ったから」
「メリ……」
「でも、あんた見てたら気が楽になったよ。ああ、大人でもこうなんだから、そこまでしなくてもいいのかなって、思っちゃった」

 ……子供の言葉というのは残酷だ。
 鋭利で、素直で。……それでいて、純粋だ。

「あ……う……」

 子供に手本を、背中を見せなければいけない大人が。
 こうして見せたのは、とても頼れるとは言い難い背中であり。
 同時に、メリの中の心の芯も、崩れさせてしまった。
 そんな場面において、大人が見せるべき姿は……決して立ち上がらず、這いつくばったままの姿であるわけがない。

「子供にああまで言わせて、思う所は?」
「クソがっ!! 行くよ!! 行けばいいんだろ!!」

 たとえ特別な、『奇跡』というものがなかったとしても。
 一揆のように仲間が居なくとも、勇気がなかったとしても。
 ここで一歩さえ踏み出せないのならば、それはもう、大人として、死んでいる。
 この男は、そこだけは踏みとどまれるだけの意思は、未だに失っていないらしい。

「洞窟にいた男全員で向かいます。あと、セレナさん、メリはお留守番です」
「はい!」
「えー!? 連れて行ってくれよ!!」
「メリ、万が一が――いいえ、何が起こるか分かりません。もし我々が帰って来なかったとき。その時は、あなたがこの村を化け物から守るのです」

 右衛門作に言われ、露骨に不満を見せるメリを。
 右衛門作は、優しく説いていく。

「四郎様が施した安寧の地の『奇跡』。その効力は、実際に襲われるまで分かりません。もしそれが効力を発揮していないと分かった時。あなたはあの槍を引き抜いて戦いなさい」
「そういう事か! だったらやる! 村を守る!!」
「いい返事だ。……セレナ」
「はい」
「そなたは、メリが無茶をしないよう見張っておいてくれ」
「……はい」

 ついでに、返事が良すぎたセレナにも役割を与え、釘を刺しておこう。
 ……最後の返事から伺える声色は、やはりついてくる予定だったようだな。

「さて、となれば早速動きましょう。何事も速いに越したことはありません」

 その後、右衛門作と一緒に長老や村の者に事情を説明し。
 最後になるかもしれないからと、セレナから全員に『ソー』が振舞われ。
 この刀……和泉守兼定を手に入れたあの泉へ。
 私たちは急いで向かうのだった。

「おかしいな……ここには老人が居たはずだが?」

 右衛門作と洞窟に居た男たちを連れ、和泉守兼定を引き上げた泉へ来たはいいものの。
 ここで泉を守っていた老人は、私が刀を引き上げた後に共に村へと行っていたわけで。
 怪しい儀式に泉の水を使用していた連中の情報は、この付近で活動している、という以外にはない。
 老人の行った村を尋ねようにも、あの村は太閤の宝塔により、十文字槍を突き立てているあの村へと生まれ代わってしまったからな。
 だが、

「噂に聞いたことがあると言っていたのだから多少の情報は持っているのであろう?」

 連れてきた男たちは、少なからず情報を持っているはず。
 というわけで、男たちに案内させることに。

「……どうせ、山のふもと辺りに洞窟を掘ってやがるはずだ」

 とのことで、山のふもとを探す事、少し。
 明らかに自然に出来てはいない、綺麗な洞穴を発見。
 しかもその洞穴の地面には、かなりの血の跡が存在し。
 その血の跡は、洞穴の奥へと続いている。
 それを見て怯む男たちだったが、私や右衛門作が一切動じずに洞穴へと進めば、意を決したようについてくる。
 そして、

「静かに」

 右衛門作が急に私たちの動きを止め、息を潜ませる。
 すると……、

「最近はどうも信仰の集まりが悪い」

 という声が。
 耳を澄ませ、その会話の内容に集中すれば。

「私たちは、魔王様の仰せの通りに動いておりまする……」
「無論、疑ってなどいない。……むぅ、猿の時はこうはならなかった。あの露草とかいう男、流石は猿が呼びだした者、と褒めるべきか」

 と。
 恐らくは、魔王の親衛隊を名乗る連中と。
 魔王、徳川家康の会話だろう。
 その会話が聞こえるという事は。
 この先に、徳川家康が居ることに他ならない。
 静かに、音がならないよう刀の柄を握り。
 すぐにでも『奇跡』を振るえるように、呼吸を整え。
 右衛門作と目で合図し、ゆっくりと頷いて。
 それぞれ、左右に大きく跳ぶ。
 瞬間、

「どりぇぇぇぇいっっ!!」

 頭上から、魔王親衛隊が刀を振り下ろしながら降って来て。
 それを右衛門作と跳んでかわしたあと、

「『意識を奪え』」

 峰打ちにて、確実に気絶させるために『奇跡』を振るう。
 右衛門作もまた、同じように峰打ちで襲ってきたものを気絶させ。
 二人で急ぎ洞穴の奥へと向かうと……そこには。

「計られましたか」

 何も無く。
 正確には、先程の声を延々と発するだけの闇が渦巻いているだけであり。
 この場所へ私たちが来ることを予見していたらしい。
 しかも、どうやら私たちをここへと連れてきた男たちはこの事を知らず。
 頭上からの突然の急襲に、失禁して腰を抜かしていた。
 つまり、徳川家康はこの場に私たちをおびき寄せ、少しの時間でもこの場所に縛り付けておきたかった。
 そして、私たちを襲わせたことから、あわよくば始末が出来れば儲けもの、と考えていたようだ。
 ……なぜ? という疑問はもはや浮かばない。
 引き離すために決まっている。
 どこからか。当然、あの村から。
 太閤にトドメを刺す時、家康も恐らくは見ていたのだ。
 宝塔により新しく生まれた、出来立ての村を。
 多少は魔王信仰に傾いていた村人を、新しく作り替え。
 一切の信仰の無い、あの村の存在を。
 太閤と家康の、盤面上に出現した、新たなコマという存在を。

「急ぎ村に戻りましょう」
「もちろんだ」

 右衛門作も当然、その考えに到達していて。
 私は、全力で洞穴を抜け、再びメリとセレナのいる村へととんぼ返り。
 ……連れて来て、未だに腰を抜かし動けない男たちには、『奇跡』にて、

「『本来の動きを可能にし、より力強く駆けよ』」

 と、力を与えた。
 村に戻れば恐らくは家康との戦闘になる。
 その事を考えれば、こうした『奇跡』は温存しておきたかったのだが。
 長老に、人手を失うようなことはしない、と約束してある。
 それがどんな理由であれ、私にはその約束を破ることは出来ない。
 というわけで、『奇跡』により普段よりも強い脚力を得た男たちは。
 私たちを追い抜き、一目散に村へと走って行った。
 あまりに早く動いたせいか、失禁の跡はすっかり乾いたらしく、色々と良かったな、とは思う。
 その跡を、セレナやメリ、村の子供たちから見られずに済んだのだから。

 遠目から、村が見えてきた頃。
 私たちの目に、信じがたい光景が飛び込んできた。

「なんだあの軍勢は?」

 その光景とは、セレナやメリを残してきた村を取り囲んでいる化け物の姿。
 数は……あまりにも膨大。
 村の周囲をぐるりと化け物の黒が取り囲んでいるような状態だ。

「右衛門作、既に包囲された拠点に入るにはどうすればいい?」
「そうですなぁ……」

 であるから、私と右衛門作でどうやって村に戻るか、という話をし始めると。

「お前たち、正気か!?」

 私達より先を走り、息を切らした男たちは、信じられないものを見るような目で私たちを見てきた。

「何を当たり前な。あの村を見捨てるはずがないだろう」
「だが、ああしてもはやどれほどの数が居るか分からん量の化け物が――」
「所詮は烏合の衆。数が集まったところで軍略が出来るわけでも、何か策を用いてくるわけでもありますまい」

 そう言って話を進める私と右衛門作を、ただ見つめるしかなくなった男たちは。

「もう……ダメだ……」

 勝手に絶望し、勝手にここで死ぬものと決めつけ、へたり込んでしまった。

「取り囲まれてはおりますが、攻めている様子はありませんな」
「あの村一帯に張った、『奇跡』の結界が効いているのだろう。……だが、それもいつまでも続くものなのかは分からない。早急に何とかしなくては」
「ですな。……そう言えば、かの軍神と謳われた上杉謙信公は、包囲された城にただ一騎で悠然と入城されたとか」
「あれは謙信公の武勇があればこそだろう? 私には『奇跡』があるとはいえ、それを化け物側も理解していなければ成り立たんぞ?」
「では『奇跡』で我らを視認出来なくすれば? 村には入れましょうぞ」

 確かに、『奇跡』という力は何も戦闘だけに使うものではない。
 我々全員に『奇跡』の力を振るえば、右衛門作の言うように村に戻ることが出来る。

「それで行こう」

 やることが決まり、右衛門作と動き出そうとすると……。

「待て待て!!」

 へたり込んだままの男たちから待ったが入る。

「……何ですかな?」
「村に戻れたとして、それからどうするんだ!? あんな数に囲まれてんだぞ!?」
「村に入れば防衛拠点になりまする。全村人で死守すれば、あの程度の化け物ども程度、食い止めてみせましょう」
「化け物は元に戻す術もある。……いや、まだ試していないから確定ではないが」
「つまり我々視点で、防衛拠点となる村に戻ることが最優先、というのは理解いただけましたかな?」

 右衛門作にそう尋ねられ、視線は逸らすが小さく頷いた男たちは。

「どうせもうどこにも行けねぇんだ。あんたらと行動する他無いんだよ……」

 ようやく観念したらしく、弱弱しく立ち上がり。

「私が『奇跡』を振るったら、全力で村を目指す。いいな?」

 という私の問いに、ゆっくりと頷いて。

「『奇跡』よ! 『我々の一切を化け物に感知させ給うな』!!」

 私の言葉と共に、光が出現。
 私たちの周囲を取り囲むようにゆっくり回ったかと思うと、泡のように消え失せて。
 自分の身体の輪郭に、うっすらと光が灯った事を確認し、右衛門作に合図を送る。
 その合図を受けた右衛門作は、私とほぼ同時に走り出し。

「ちょ! 待って!! 待ってくれよ!!」

 一拍遅れて駆け出した男たちを連れ、一目散に村へと走る。
 頼む! セレナ! メリ!! 無事でいてくれ!!

 化け物達の輪の中に入るも、ぶつかれど気にも留められぬ。
 『奇跡』という力は、やはりとてつもないものだ。

「それにしても……家康は何がしたいのでしょうな」

 そんな化け物どもの間を潜り、村へと目指す道中。
 その半ばで、右衛門作がポツリと呟く。

「我々を潰し、盤面勝負に勝ちたいのだろう?」
「それは分かります。ですが、何故こうして化け物達に襲わせるのでしょう?」
「……何が言いたいのだ?」
「先ほど私が申しあげた、化け物はどれだけ集まれど烏合の衆。軍略も何もない、という言葉。その事を、あの家康が理解していないはずがないのです」

 そう言われ、確かに、と頭の中で考える。
 何故この場に、あの家康の姿がないのかを。
 いや、違う。この場に家康の姿がなぜ無いのか、ではなく。
 何故家康は、自分が居ない場所に化け物を送り込むのか。
 思えば、今までも化け物に襲われることはあれど、化け物と共に家康が襲ってくることは無かったはず。
 それこそ、家康が姿を現したのは、秀吉に引導を渡したあの時だけ。
 それ以降、私たちの前に姿を出さず、ただ化け物を送り込み、その裏で化け物へと自分の信者を引き込み続けていた。
 何故表に出て来ない? 何故、自らが化け物を先導し、兵力として用いない?

「村が見えてきました。やはり『奇跡』による加護が効いているのでしょう」

 村をぐるりと囲う木製の柵。
 その柵まで、村から延びた光の紋様が密集しており。
 その紋様は化け物が近付くと、まるで追い払うかのように強く光る。

「柵の上を飛ぶ! 皆、私に捕まれ!!」

 そう言って右衛門作に腕を伸ばせば、直ぐに私の腕を掴み。
 後ろを走っていた男たちは、私の背中に飛びついて。

「『奇跡』よ! 『先の『奇跡』を解除し、私に村の柵を飛び越える脚力を授け給え』!!」

 そう叫び、膝を曲げ、力を溜め。
 急に感知できるようになった私達に驚く化け物達を尻目に、力強く大地を蹴る。
 そうして、柵を大きく跳び超えた私は――、

「四郎様、着地はどうお考えで?」
「……あ」

 空中で、どうにも出来ぬ状態になって右衛門作に尋ねられた問いに答えられぬまま。
 料理の準備中だったのであろう、山積みになった麦の中に全員で着地することになった。

「おう! 兄ちゃん! 待ってたぜ!!」

 迎えてくれたのは強烈な麦の香りと、メリの言葉。
 ……た、助かった。
 着地地点に麦がこんなにあるとは……。
 おかげで衝撃のほとんどを請け負ってくれたようだ。

「うっ……くっ……」

 ……捕まえて飛んだ男の方は、やや麦から離れてしまったようだ。
 申し訳ない事をした。『奇跡』で治癒しておこう。

「メリ、無事だったか!?」

 十文字槍を持ち、元気に走ってきたメリを見て、大丈夫だとは思いながらも声をかけ。

「当然!!」

 その元気な返事に、ようやく胸を撫で下ろす。

「にしても、あいつら変なんだぜ? 前みたいに村に入り込んで暴れるかと思ったら、村に近づこうとすらしねぇんだ」
「きっと、四郎様の『奇跡』のおかげなのですよ!」
「一応の根拠はあったが、こうして実際に効果を確認出来ると安心出来るな」

 別に『奇跡』の力を疑っていたわけではない。
 ただ、やはり規模が大きすぎる今回の『奇跡』に、不安が無かったかと言えば嘘になる。
 それでも、このように効果を発揮し、しっかりと化け物達を村から退けてくれているのは流石『奇跡』と言ったところか。

「ただ、襲われないというだけで、現状何の解決にもなっていません。村から出られなければ、飲み水や食料の問題もありましょう」
「だな。急ぎ何か打てる策を考えなければならん」

 右衛門作の言葉に深く頷き、一旦は落ち着くことに決め。
 振舞われる『ソー』を食べながら、泉の方で起こった事をセレナたちに話した。

「……見抜かれていた?」
「左様。我々があの場所へ赴くことを、予測されてたようですな」
「でも、そこでの襲撃は退けたんだろ?」
「襲撃と呼べるようなものでも無かった。本当にあの場所で私たちをどうにかしようと思うなら、それこそこの化け物達を向こうに待たせておけばいい」

 現状、村に化け物達が入って来ないか、村人たちに巡回をして貰い。
 村長の指揮のもと、もし何かの拍子に化け物達が村になだれ込んできた場合に備え、防御拠点を設営中。
 我々は腹を満たし、策が思いつき次第、現状打破に動く事となっている。

「じゃあ、あの狸みたいなおっさんの真意が分かんねぇのか」
「元々腹の内を見せない男として通っていましたからな。私どもが頭を捻って辿り着けるかどうか……」
「えっと、でも、この場にはあの方はいらっしゃらないのですよね?」

 セレナの質問に、右衛門作がゆっくりと頷く。

「そうですな。そして、それこそが奴の考えに至るための重要な欠片と思っています」
「単純に面倒くさいからじゃねぇの? こんだけの化け物を送り込めば大丈夫だって思ってるとか」
「考えにくいだろう。なにせ、太閤殿を討った時はしっかりとその姿を見せ、自らの手で引導を渡していたからな」
「そう言われてみりゃあそっか」
「……では、ここに居たら巻き込まれるから……とか?」

 セレナにしてみれば、ただ思いついた、何の気なしに言った言葉だったのだろう。
 だが、

「「――っ!!」」

 私と右衛門作が、ほぼ同時に同じ答えへと辿り着いた。

「村長!! 今すぐに移動する用意をさせるのだ!!」
「みな、必要な道具だけを持参し集まってください!!」

 私と右衛門作の叫びに、最初は首を傾げていた村人たちも。
 その気迫から、冗談などではない事が伝わったか、慌てて持てる道具を取りに各々の家へ。

「な、なんだよ!?」
「どうしたのですか?」

 キョトンとした顔で私たちを見るセレナとメリが、立ち上がりつつ尋ねてきた。

「家康の考えが分かった」
「マジか!? なんだったんだ!?」

 道具を取り、集まってきた村人たちを列にしながら。
 メリに、私が至った考えを伝えていく。

「今家康が行っている事は時間稼ぎだ」
「時間稼ぎ?」
「そうだ。この村に私達……違うな。自分の陣営以外を釘付けにしておくことだ」
「? なんでそんな事を?」

 列の最後尾にいる右衛門作に合図をし、出発の準備が整ったことを確認。

「聞けっ! これより我々はあの化け物どもの群れを突破し、新たな地を目指して進む!! 決して立ち止まるな!! 道は私が切り拓く!!」

 そう叫び、村人全員に、あの化け物達の群れへと進む覚悟をさせ。

「メリ、太閤が作っていた宝塔を覚えているな?」
「もちろん! アレのおかげでこの村が出来たんだぜ?」
「だったら簡単だ。……家康も持っているんだ。あの宝塔と、真逆の事が行える何かを」

 そう、家康の狙いは私たちを一か所にまとめ、固定する事。
 その為に泉の近くの洞窟に陽動を仕掛け、私たちをおびき寄せ。
 そうして、村に私たちが不在の内に、化け物の大群によって村を包囲。
 ひょっとしたら、潰せるのならばここで村を潰しておこうとでも考えたのかもしれない。
 だが、『奇跡』によってそれは出来なかった。
 しかし、出来なくとも最初の予定通り、私たちを一か所にまとめておけばよいだけ。
 だから、こうして村の外へと移動出来ないように包囲したままそれを解かず。
 そして、そのまま維持させ続けた。
 村を包囲した、化け物達もろとも消し飛ばす。
 そんな、太閤殿の使った宝塔のような兵器を使う為に。

「メリ、槍を貸してくれ」
「ん」

 メリが大事に握っていた槍を受け取り、そこへ『奇跡』を振るう。

「『奇跡よ。この槍の突き刺さった周囲に居る化け物どもを消し去り給え』」

 本来ならば、元人間である化け物達を、一人一人解放していきたい。
 だが、生憎とそんな余裕も時間も無くなった。
 それに、この大群の中で、数人程度を人間に戻したとして、庇う人数が増えるだけ。
 言ってしまえば、自ら足手まといを増やすようなもの。
 ……であるならば、この『奇跡』に願うは解放にあらず。
 心を鬼にし、消滅させるほかない。

「メリ、決して立ち止まらず、私の後ろをついてこい」
「もちろん!」

 そう元気な返事を受け取って。
 私は――化け物達が密集する、村の外へと槍を投げた。

 私の手から放たれた槍は、真っ直ぐに化け物達へと突き刺さり。
 四体程の化け物の身体を貫通し、その身体を地面へと縫い留め。
 槍の刺さった地面に、眩しいほどの光が降り注ぐ。
 ――そして、

「すっげぇ……」

 メリが感嘆の声を上げるほど、かなりの範囲に居た化け物達が、跡形もなく消えていた。

「走れ!!」

 だが、その光景に感動している暇などない。
 声を上げ、戦闘を走り。
 槍を回収しつつ、既に押し寄せ始める化け物達へ。

「『化け物達を消滅させよ!!』」

 『奇跡』を振るい、一合すらも斬り合う事無く。
 ただひたすらに、先を塞ぐ化け物達を蹴散らして。
 再度、槍に『奇跡』を込め、進路を確保する為に投擲。
 そして、また槍を回収し、化け物が押し寄せる間に歩を進める。
 ……分かってはいたが、あまり順調に進むというわけにはいかんな。

「四郎さま!!」

 と、僅かながらの弱音が心にチラついた時、隊列最後尾の右衛門作から声が飛ぶ。

「上です!!」

 上? と言われた通りに見上げてみれば、頭上にはどこかで見たような漆黒の雲が浮いており。
 その雲は、ピタリと私の頭上を捉え続け、私と共に移動していた。

「姿を見せました!! 家康です!!」

 どうやら、最後尾からは見えているようだ。
 あの雲に乗った、敵の大将。
 徳川家康の姿が。

「……もう少し」

 突如として、頭上から声が落ちる。

「もう少しあの村で大人しくして居れば、このように手を焼くことも無かっただろうに」

 その言葉は、私と右衛門作の予想した家康の企みを、裏付けるもの。

「だが、お主たちもうつけよの」

 地面に『奇跡』を付与した槍を突き立て、化け物達が殺到してくるのを防ぎ。
 改めて、頭上の雲を睨みつける。

「わざわざこうして、身動きが取りにくいよう村人全員で移動するとは」

 右衛門作も私に合流。
 こうして、迎え撃つ準備が整った。

「腹黒さを隠しきれぬ狸には、こうした方が安心であろう?」
「……囀(さえず)るな若造。貴様なぞ、あの猿を運のみで倒しただけに過ぎん」
「これはこれは。天運すらなく、武田に蹂躙されたそちらにとって、大物狩りは刺激が強すぎたか」
「減らず口を」

 ……今私に出来る最善は、こうして家康を煽り、地上に降りさせること。
 もちろん、『奇跡』を振るえば家康の場所まで刃は届く。
 しかし、もし家康がその事を知らず、宙に浮いてさえいれば安全だと思っていたら?
 そこに油断が産まれ、勝敗を決定付ける瞬間に結びつくかもしれない。
 その為には、私があの場所に届く、その事実を気取られてはならない。

「ふん。貴様の考えなどお見通しよ。それに……準備は整った」

 だが、そんな私の思いなど気にもすることなく、家康はその声色から笑っている事を覗かせると。

「お、おい!? 兄ちゃん!?」
「な、何が起こったのですか!?」

 メリが、セレナが。
 そして、私について来た村人たちが、悲鳴に近い声を上げていく。
 その光景は……。

「……沼?」

 まるで、突如として沼が出現したように。
 化け物が地面に沈み、その場所が深い紫色のような沼へと変貌し、周囲を沈めていく。
 当然、槍を突き立てた周囲は『奇跡』によって守られているが、さらにその周囲はその限りではなく。
 地面を残したまま、周囲ごとゆっくり沈下していく。

「おいおいどうなってんだよ!?」

 慌てるメリに釣られるように、村人たちも徐々に自制の効かない者たちも出てくるようになり。

「そのまま永劫地に閉ざされよ」

 家康の言葉を持って、いよいよ村人の狂気が最高潮に達した時。

「頃合いですな」

 ただ一人。
 冷静だった右衛門作が、そう呟いて。

「四郎様、今より私の言葉を、よくお聞きくだされ」

 私に駆け寄って来たかと思ったら、耳打ちし。

「一瞬後、私が槍を引き抜きまする。その瞬間、四郎様は『奇跡』にて家康の首を取りなされよ」
「バカな。引き抜けば一瞬もせぬうちに引き込まれるぞ!?」
「無論。そうならぬために、槍に施して欲しい奇跡がございまする」

 そう言って、右衛門作が槍に施すように伝えてきた『奇跡』は……。

「可能なのか?」
「分かりませぬ。が、今まで見てきた『奇跡』を加味すれば、やれぬことは無いでしょう」
「……信じるぞ」
「この山田右衛門作、四郎様の期待に背くような真似、絶対にいたしませんぞ」
「……相分かった。――武運を」
「それはこちらの台詞。あなた様は、今からあの家康を討たねばなりませんのですぞ?」
「――それも、そうだな」

 互いに武を祈り、覚悟を決め。

「『奇跡よ。この槍に触れし存在を、元の姿へと戻し給え』」

 右衛門作の言った通りの『奇跡』を槍に込め。

「また後で、笑顔で会いましょうぞ!」
「ああ!! 行くぞ家康!!」

 頭上の家康を睨みつけ。

「む? 来るのか?」
「露草四郎時貞! 推して参る!!」

 そう力強く宣言し、抜刀。

「『かの者の背後へ』!!」

 直後、『奇跡』を用いて家康の背後に移動し、抜刀の勢いのまま横薙ぎの斬撃をお見舞いする。
 不意打ち以外の何物でもない、ただ相手を討ち取るためだけのその動きは。
 確実に、家康の背中へと一閃を叩き込み。

「むぐぅっ!?」

 大きく、その身体をよろめかせた。
 やったか!?

「むぅ」

 くっ。
 そう簡単に討ち取らせては貰えないか。

「まさか攻撃が届こうとはな。――だが」

 手応えはあった。
 しかし、家康は今私の目の前で、何事もなかったかのように黒い雲の上に鎮座しており。
 ゆっくりと。私が落下を始める時に振り返ると。

「数手、足りなかったようだな」

 私へ手を翳(かざ)し、そこから闇を放出。
 太閤殿を包み、討ち取ったその闇だが。

「『抵抗せよ』!!」

 その闇を、私へと近付けまいと『奇跡』を振るう。
 落下しながら、しかし、その落下の速度とは対照的に、闇は私を追う事はなく。

「『頭上へ』!!」

 今度は、空中で刀を振り下ろしながら『奇跡』によって家康の頭上へと移動。
 そうして、再び『奇跡』による転移との攻撃を繰り出すが……。

「甘い!!」

 予測されていたか、今度は軍配によって受け止められてしまった。
 軍配とは、刀を防ぐほどの強度があるのか……。

「鬱陶しい。ここら一体と共に闇に飲まれよ」

 そうして、再び私が落下を始めた時。
 今度は家康が、自身の乗った雲から闇を放出。
 広範囲を闇に包むつもりか。
 ――待て。
 『奇跡』とは、超常の力を振るう物。
 そこに、私たちの言う常識などは存在しない。
 であれば、

「『雲をかき消せ』!!」
「なっ!?」

 家康が乗り物にしていた雲を消せるのでは?
 思うが早いか『奇跡』として行使し。
 結果、見事家康の乗った雲は消失。
 突如として雲を失った家康は露骨に慌てながら落下を開始し。

「『華麗な着地を』」

 『奇跡』によって着地の保証された私と違い、そのまま頭から地上へ――。
 いや、沼のような場所に、音もなく落下。
 私は奇跡のおかげか、降り立った場所が地面として存在してくれたが、もしや家康は自分の作り出した沼に飲まれ……。

「油断したわ」

 てないようだ。
 あのまま沈んでくれていれば、どれほど楽だったか。

「来たれ村正。あの小僧の首を刈り取るぞ」

 ゆっくりと。
 沼のような地面からせり上がって来た家康の手には、知らぬ刀が握られており。
 
「武士としての矜持はあるか? 来い。正真正銘、一騎打ちぞ」

 その刀を、私に向け、構え。
 顔つきが、一気に戦人のソレへと変貌する。

「三河武士の底力! 見せてくれるわ!!」
「いざ! 尋常に!!」

 瞬間、大きな一歩を踏み込み、私へと肉薄する家康。
 私はそこから、鍔迫り合いへ行くと見せかけ、

「『背後へ』!」

 『奇跡』を振るう。
 当然のように背後が取れ、無防備な家康の後方から刀を振るえるが……。

「甘い!!」

 家康の背中から、突如として闇が放出され、私に纏わりつくように。

「『祓え!』」

 それを『奇跡』によって祓う頃には、家康はこちらへと向き直っており。
 さらには、私に向けて横薙ぎの一閃の最中。

「ぐっ!」

 それを刀で受け、そこから攻めの起点となりそうな方法を模索。
 まずは、太閤殿を翻弄した、虚実を混ぜ込んだ『奇跡』による翻弄からか。

「背後へ!!」
「無駄だというのが分からんかっ!!」

 私にしか分からない、『奇跡』の使用か不使用か。
 私と相対する者がそれを判断するためには、自分自身で確認するしかなく。

「むっ!?」

 先ほどと同じく、背後に闇を出し、牽制。
 その牽制に対応している間に向き直る、という考えだったであろう家康は、一向に目の前から消えぬ私に眉をひそめ。

「くっ! 小賢しいわ!!」

 私の考えが分かったようで、そのまま私に刀を振るう。
 ……だが!

「『すり抜けよ!!』」

 『奇跡』を振るい、突如として体当たりを仕掛けた私に、家康は身を屈めて構える体勢。
 ……当然、家康が思っているような衝撃は無く。
 その身体を素通りし、家康の背後へと抜けた私は、そこから一歩、大地を強く踏みしめて。

「『一切を断ち切れ!!』」

 その一歩を起点とし、力一杯の、回転しながらの横薙ぎを、家康へと叩き込む。

「『受け止めよ』」

 ――だが。
 私に『奇跡』がある様に、家康には『闇』がある。
 その闇を持って、家康は私の刀を受け止めると。

「随分と器用に使う。なるほど、このような使い方もある、か」

 そう言うと、ゆっくりと私に向き直り。

「わしも猿も、戦略的な使い方ばかりを考えてきたが……。中々どうして、このような戦闘での使い方となれば、お前に分があるようだ」

 がっしりと闇により私を拘束し、多少警戒を解いたのだろうか?
 勝ちを確信したような様子で、上機嫌だ。
 ……まだ、当然のことながら終わっていないというのに。

「『背後へ』!!」
「無駄だ。既に見切った」

 私を捕らえている闇から脱するため、『奇跡』は当然発動するしかなく。
 それを分かっている家康は、私が叫ぶと同時に振り返る。
 そして、そこへ向けての一閃。
 ……それで、私に一太刀浴びせられる……ハズだった。
 ――だが!!

「こっちだ!!」

 私は、振り返った後の家康の背後に出現しており、言ってしまえば『奇跡』発動前と場所は変化していない。
 変化したのは、『闇』に捕らえられているか否か、である。

「な、バカなっ!?」

 この事は家康も予想外だったらしく、私の一太刀を大人しく浴びた。
 ……ただし、手応えが浅い。
 私を斬っていないと刀が空を切った瞬間、背後を警戒して前方に飛んだようだ。

「なぜその場に……。そうか二回か!」

 家康は理解したようだ。
 私が発動した『奇跡』が、二回だったことを。
 『背後に』という奇跡を一度使い、『闇』から抜け出しつつ家康の背後へ。
 この直後、家康は振り返って斬撃を行った。
 だが、私はその前に二度目の『奇跡』を発動。
 振り返り終わった家康の背後に出現し、斬撃を行ったわけである。
 ……最も、その斬撃は致命傷にはならなかったが。

「小賢しい……! 実に小賢しい!!」
「何とでも言うがいい! 私は、お前には絶対に負けん!!」

 この世界に来る前からの、徳川家に対する思い。
 私達切支丹を迫害した、見殺しにした、その政府の血族を。
 絶対に許すわけにはいかない。

「……『闇よ。私を取り込め』」
「……っ!?」

 一太刀を浴び、さらには『奇跡』を用いた戦いも私の方が上手。
 そう判断したのだろう、家康は、自らの作り出した沼のような地面へと身を投げると。

『おお……これならば貴様を仕留められそうだ』

 その沼から、腹に響くような声で喋って来て。
 私の立っている場所へ、ゆっくりと殺到する闇。
 それらを、『奇跡』を用いて祓おうとするが。

『無駄だ。物量が違う』

 と、家康の言うように、まるで波のように押し寄せる闇は、何度押し返してもまた押し寄せる。
 本体であろう家康を倒せばどうにかもなるのだろうが、その家康は闇に沈んでしまいどこにいるかも分からない。
 このまま『奇跡』を振るって闇を払い続けても、事態は好転せず、しかも『奇跡』の使い過ぎで私が倒れようものなら、その時点で家康側の勝利となる。
 ……万事休す。
 そう頭の中で思いつつも、かといって諦めるような事も無く。
 ただ、何か変化を……と願い続ける私に、文字通り光が降り注ぐ。
 それも、頭上ではなく、足元から。

『何事だ?』
「やぁやぁ、間に合いましたかな?」

 何が起こったか理解出来ない私と家康の耳に届いたのは、右衛門作の声。
 そして、その声は、

「化け物となり果てた者達の解放。そして――その者たちの願いにより、砲撃の準備、整いましたぞ!」

 少なくとも、即座に理解出来ようもない報告をしてくる。
 ……だが、

「右衛門作! すぐにここら一体に向けて放て!!」
「御意!!」

 迷っている暇など、あるはずが無かった。
 そうして、私の号令の下に、足元から放たれた強大な光は。

『ぬぐぅぅぅぅぅっ!!?』

 家康が沈んだ闇もろとも、周囲を光によって包み込んだのだった。

 まばゆい光が私を包む。
 それは、決して熱くなく、そして――不快でもなく。
 ただひたすらに、安心感を覚えるもので。

『おのれ!! おのれおのれおのれ!!!』

 対して家康は、この光によって身を焼かれている様子。
 声だけでの判断になるが、苦痛を耐えているようなその声は。

『許さぬ!! 絶対に許さぬ!!!』

 受けた苦痛を憎悪へと変え、私に向けて振りかざしてくる。
 自らが沈んだ闇を。その形を、刃に変えて。
 ――だが、

「させませぬ!!」

 右衛門作が振るう十文字槍。
 その先端から発せられる光によって、闇は瞬時にかき消され。
 私のもとへ、その攻撃は届かない。

『貴様らに!! 貴様らなんぞに!!』
「往生際が悪い!! 潔く負けを認め、我に討ち取られよ!!」

 私に攻撃が届かないと分かるや否や、家康の闇は私から離れるように急速に移動を開始。
 そんな闇を追いかけ、ついて行った私に。

『馬鹿め!!』

 闇は急に動きを止め、私の方へと反転。
 本体でぶつかってくるつもりだったようだ。
 ――が、

「『背後へ』!」

 闇と接触する寸前、私は『奇跡』により家康の背後へと移動。
 そして、家康が進む先には、

「我ら島原・天草の思い――存分に味わうがいい!!」

 十文字槍を振りかぶり、闇へと突き立てる右衛門作が迫っており。

『あり得ぬ!! あり得ぬ!!!!』

 槍を突き立てられて、なお。
 私と右衛門作に挟まれた状態で、なお。
 上空へと逃げ道を見い出し、天へと昇ろうとした家康は。

「……『介錯を』」

 『奇跡』の力を乗せた、私の一振りにて、切断。
 
『グギャアァァァッ!!』

 断末魔の声を上げた徳川家康――闇は。

「て、天が……」

 天から降り注いだ光によって灼かれ……。
 そして――消えて行った。

「お、終わった……」

 家康が消えたのを確認し、安堵し、力が抜ける。
 倒れる用に尻もちをつき、全身に疲労感が襲ってくる中。

「な、何だ?」
「地面が……」

 急な地震を感知。
 どうやら、家康が闇に取り込んで沈んでいた部分が、元の高さまで戻ろうとせり上がっているらしい。

「お、おさまった」

 駆け寄ってきたセレナを抱きしめる頃には、すっかりと地面の揺れもおさまり。
 辺りは一面元通りに。
 ただ、

「右衛門作……その……」
「元に戻した住民達ですが――全員……」

 化け物へと姿を変えていた者たちは、元の姿に戻っていた――という事はなく。
 私に聞かれ、槍を強く握った右衛門作の行動が、全てを物語っていた。
 私を家康に勝たせるために。
 恐らく、罪滅ぼしの意味もあったのだろう。
 化け物であった時の記憶が残っていたのかは分からない。
 ただ、それでも。
 人間に戻り、周囲の状況を見て。
 自分の置かれている立場を、何となくでも理解して。
 そして、自らの命を、右衛門作へと差し出した。
 槍へと入り、弾となって。

「……ここに、碑を立てよう」

 そんな事を理解した私の口から出たのは、ただの思いつき。
 気休めになるかすら怪しい、もしかしたら、私が弱いから出たかもしれない言葉。
 それでも、そんな言葉に、

「いい提案ですな」

 右衛門作は、にっこりと笑いながら賛同してくれて。

「石碑にすんのか? 石運ぶか?」

 メリは、屈託なく笑いながら、そんな事を言ってくれる。
 セレナは……。

「? 大丈夫か?」

 私に抱かれたまま、顔を真っ赤にして固まっている事に今気が付いた。
 ピクリとも動かないが、大丈夫であろうか?

「周囲に化け物達はもう居ません。村へと戻り、勝利を噛み締めましょうぞ」

 という右衛門作の言葉にも反応しなかったため、私が抱き抱えて村へと運んだ。
 ……参ったな。『ソー』が食べたいというのに。

「これで、平和になったのですかな?」

 村に戻り、全員で村の修復。
 あとは、出発前と変わらぬように持ち出した荷物を整理したり。
 一息つけば、全員で『ソー』に舌鼓を打った。
 もちろん、『ソー』はセレナが作ってくれた。
 村に戻るまでは私に抱かれ、固まっていたのだが。
 村に着くなり跳び起きて、真っ赤な顔で何度も頭を下げて謝罪をしてきた。
 別に気にする事でもないと思うのだが、それでも何度も頭を下げるセレナを落ち着けるため。
 その頭を撫でてやって、ようやく落ち着きを取り戻してくれた。
 ……またしばらく動かなくなったが。

「というと?」

 『ソー』をいただきつつ、右衛門作の言葉の意味を問う。

「いえ、純粋に、敵対していた徳川は倒しました」
「そうだな」
「では、この地はもう我々の土地なのでしょうか?」

 右衛門作にそう言われ、少し考える。
 化け物と戦い、太閤殿を討ち破り。
 その太閤殿と対立状態にあった家康を打ち倒した。
 普通に考えれば、もう私達と戦う理由のある存在は居ないと思うが……。

「そもそも、なぜ家康と太閤殿は争っていたのだ?」
「私に聞かれましても……」

 右衛門作に尋ねるも、そもそも右衛門作は私よりもはるか後にこの地へと来た身。
 私達のように太閤殿と直接話した事も無いのだから、分からないのも当然か。

「太閤殿は、家康との盤上戦と言っていた」

 そこまで口にして、ふとある気付き。

「何か、戦わなければならない理由があったのでしょうか?」
「勝つことが目的ではなく、勝利の先に何かあったのでは……?」

 あの二人の事だ。
 ただお互いが気に入らないからという理由だけで争う事は……恐らくない。
 つまり、争い、勝利することで何か価値があるものを手に入れることが出来たのだ。
 ――それが何かわかれば……。

「ふむ」

 そうして考えている時。
 不意に、知らない声がその場に響いた。
 その声を聞いた者が全員動きを止め、声の主を振り返り。
 そして、その誰しもが、その声の主に強い警戒を示す。

「貴様が勝者か」

 全身に漆黒の甲冑を纏い、これまた漆黒の外套を身に着けたその男は。
 ドカリと私の目の前に勢い良く腰を下ろすと、

「美味そうな食い物だ。余にも寄越せ」

 傲慢に、さも当然のように。
 『ソー』を要求し。

「……まさか」
「お前は……」

 私と右衛門作、二人が揃って同じ人物を頭に浮かべた時。

「ん? 余は第六天魔王、織田信長ぞ?」

 その人物が、あっさりと。
 もっと言うならば、太閤や家康のような威圧感を見せず、あっけらかんと自身の名を口にする。

「織田……」
「信長……」

 当時絶対的な力を持ち、自他ともに認める天下人。
 最後は家臣の謀反によって自害した……。

「おお、スマンスマン」

 目の前でやや怯えたセレナから椀を受け取り、美味そうに『ソー』をすするこの男が。

「にしてもあれよな。猿も狸もお主のような若造に敗れるとはな」
 
 親友とでも話すような口調でこちらに話題を振ってくるが、一体どう返すのが正解なのだ?

「ゆ、油断もあったのでしょう」
「無いな。いや、猿はあったかも知らんが、狸はお前が猿と渡り合っているのを見ていた。余の知る狸ならば絶対に油断などせぬ」
「……では、右衛門作が想定外だったのでしょう」

 私は……一体何をさせられているのだ?
 突然出てきた信長公と、太閤殿や家康に勝利できた要因を教えている?
 ……なぜ?

「右衛門作と言うと貴様か」
「は、はい」
「ふぅむ。……違うな、いや、確かに想定の外ではあったろうが、奴らが負けたのはもっと別の要因だな」

 そう言った信長公は、『ソー』の汁まで飲み干すと。

「ふぅ。馳走になった。これ、名を何と言う」
「へ? わ、私ですか?」
「他に誰が居る」
「あ、セ、セレナと申しますが……」

 そう言って、椀をセレナへと返却し。

「貴様の持つ『光の力』。それの扱いが貴様は抜群に上手い」
「……『光の力』?」
「あー……『奇跡』と申しておったか?」
「はぁ……」

 またこちらへと向き直って喋りはじめた。
 ……狙いが読めない。
 一体……何を。

「時に」
「な、なんだろうか?」
「なぜ狸が魔王と自身を呼んでいたか分かるか?」

 突然の質問に、一瞬思考が停止する。

「奴がこの地に来る前に、そのように呼ばれたことは無い」
「……言われてみれば」
「猿はまぁ、天と同義な呼ばせ方をさせていたようだが」

 太陽と太閤をかけ、自らを天と称した秀吉殿。
 私がこの世界に来たその時に、確かに自身を天と紹介していたな。

「ふ、天も魔王も、そのどちらもがこの信長には入っておる」
「第六天魔王……」
「その余に対抗するために、自らをそう称したのだろうよ」

 そう言うなり、周りを見渡した信長公は。

「ところで、先程の麺は美味かったが、汁粉はないか?」

 横で話を聞いていたセレナへと問いかけて。

「汁……粉……?」

 汁粉を知らないセレナの反応を見て、がっくりと肩を落とし。

「はぁ。狸は慣れぬ魔王などと言う称に、最後まで馴染めずお主にやられ。猿はお前には勝てそうだったのに、狸の横やりで敗れた」

 大きなため息をつきながら、こちらへと向き直り。

「余程天に好かれておるな? いや、この場合は神か仏か?」
「ッ……! わ、私は、その神の生まれ変わりなり!」
「ほう? ……パーデレが神を自称するは大罪ではないのか?」
「否! 我は日ノ本に遣わされし神の分体」
「なるほど。分体ときたか」

 私の言葉を聞いた信長公は嬉しそうに笑い、ゆっくりと立ち上がると。

「余は今まで仏までは戦った。くそ忌々しい本願寺の連中よ。だが……神と一戦交えるのは初めてだなぁ!?」

 そして、振り返り私に向いた信長公の表情は、恐ろしいまでに不気味な笑みが貼りついていて。

「一つ教えておこう。あの二人が戦っていたのは、余に挑むためよ」
「……挑む?」
「そう。そもそもこの地は余が産み出した地。そこへあの二人を呼び、戦わせ、勝った方と戦ってやる、と」
「……なぜそのような事を?」
「なぜ? 何故とな!?」

 私の問いに、信じられぬと目を見開いて。
 その表情を一瞬で奥へと引っ込ませ、再び不気味な笑顔で。

「統一こそ、大名としての野望であろう?」

 と。
 私が……私たちが。
 それどころではなかった私たちにとって、思いもよらない言葉を口にする。
 野望……そのためだけに戦っていた、と?
 死してなお。このような土地に呼び出されて、なお。
 あの二人は、戦に身を置いていた、と?

「既に統一を成し遂げた余。それと戦うには、せめて統一くらいは出来ぬと話にならん」
「では……私は……」
「余と戦う運命にある」

 そして、その二人を倒し、この世界を統一した私には……そうする義務がある……。
 何故……。何故だ?
 何故こうして敵対する勢力を倒し、平和になったと思った矢先に、次から次に新たな敵が出てくるのだ!?
 一体……一体いつまで続けなければならぬのか……。

「勝負の条件は好きに決めてよい。一騎打ちでも、同じ軍勢を率いての合戦でもな」
「それは……条件を決めればその条件に見合う戦力が補強される、と?」

 早く戦いたいのだろうか?
 ウズウズしているように見える信長公に、右衛門作が尋ねた。

「余は、な。そちらは今ある手駒で工面せねばならん」
「なっ!?」

 当然というか、条件としては信長公に有利なものだ。
 軍勢を率いての勝負となれば、こちらはただの農民たち。
 大してあちらは、自由に補強出来るという。
 しかも、信長公のもとには優秀な武将たちが仕えていたはず。
 その中には、既に敗れた太閤殿すらいる。
 合戦形式では勝てない。
 ……では、一騎打ちではどうか?
 信長公が武勇に秀でていた、という噂を聞いたことは無いが、文字通り激戦の時代を生き抜いてきた御方。
 おおよそ私のような者に、武勇で劣るとも思えない。
 ……どう戦えばいい? どうすれば、この信長殿を打ち倒せる?

「一つお尋ねしても?」
「許す」
「勝負の開始はどのようにして決めるのでしょうか?」
「今すぐでも構わん。が、準備が必要とあれば一定の期間後に開始、としてもよい」
「なるほど。ありがとうございます」

 勝負の開始方法について右衛門作が尋ねたが、それで何か解決するわけでもない。
 ――仮に、今この瞬間に勝負開始を宣言し、不意打ちを仕掛けてみたら、案外打ち倒せたりしないものか?

「四郎様」

 そんな考えをし始めた私に、右衛門作が声をかけてきた。

「我々は未だ疲労が癒えず。勝負も、可能な限り時間を置いてからがよろしいと思われまする」
「そ、そうか……」

 右衛門作の言葉に頷き、先程までの考えを改め。
 信長公の方へと向き直ると。

「なんだ、来ぬのか」

 残念そうに、刀を鞘へと納める途中。
 ――まさか。
 私の考えを……読まれていた?
 頬に、冷や汗が伝うのを感じる。
 先ほどもし、右衛門作が私に声をかけなければ。
 私は信長公に襲い掛かり、そして。
 ……見事に迎撃され、逆に打ち倒されていただろう。

「して? 余はどれほど待てばよい」
「そうでございますな……。都合、一月ほどお待ちいただけますかな?」

 信長公の問いに右衛門作が答え。
 それを聞いた信長公は、

「ほぅ」

 とだけ短く吐き。

「てっきり一年、などと抜かすと思えば」
「そう言いたいのはやまやまですが、その期間ですと許されぬと判断いたしました」
「であるか。分かった。では一月後、刃を交えようぞ」

 右衛門作と言葉を交わしたあと、スッとどこかへと消えてしまう。
 それと同時に、周囲に満ちていた緊張感が消え、その場に居た全員がへたり込んだ。
 ドッと疲労感を感じる……。

「とてつもないお方ですな」
「そう……だな」
「でもさ、勝たなくちゃいけないんだろ?」
「し、四郎さまならきっと勝てますよ!」

 セレナが気休めのような言葉をかけてくれるが、それに反応する気力は私には無く。

「四郎様?」
「兄ちゃん!?」
「四郎さま!?」

 『奇跡』を振るった反動だろう、その疲労感は。
 信長公が去った後にのしかかってきた疲労感を、さらに重く、酷くしたようなもので。
 皆に声をかけられた時には、既に視界が傾いており。
 
「す、直ぐに建物の中へ!!」

 という右衛門作の言葉を最後に、私の意識は闇へと沈んでいった。

 ……夢を見ていた。
 その夢の中では、皆が笑顔だった。
 皆美味しそうに『ソー』をすすり、不安や絶望など感じさせない姿だった。
 その光景を見て私は思う。
 ああ、このような世界を望んだはずなのに、と。
 右衛門作に協力し、島原・天草での一揆の主導者として皆を率い、幕府に反旗を翻し。
 求めていたのは平和であるのに、今もなお争いの武器を握っている。
 ……皆が皆、このように幸せな世界は無いものか。

「……」
「四郎さま!」

 目を開いた瞬間、セレナから声をかけられる。
 それに反応し、私の方を向いた右衛門作とメリからも、

「四郎様!」
「兄ちゃん!!」

 と顔を覗き込まれ。

「一週間も寝てたんだぜ」
「みな心配しておりましたぞ」
「……なに?」

 かけられた言葉に、まだ覚醒していなかった脳みそが音を立てて動き出す。

「一週間も……」
「心配なされるな。まだあと三週間もありまする」

 私の考えを先読みした右衛門作になだめられるが、そのような余裕はない。

「相手はあの信長公だぞ! 時間なぞ、いくらあっても足りぬ!!」
「まぁまぁ、落ち着きなされ」
「これが落ち着いて――」

 右衛門作に大きな声を出した時、覚醒した脳に釣られ、身体の方も眠りから覚めたのだろう。
 大きな、グぅ~~という音が辺りに響き渡る。

「ほらほら。腹が減っては、と申しまする」
「む、むぅ……」

 それを指摘されれば、引き下がるよりほかはなく。
 私と右衛門作のやり取りを見て、小さく笑ったセレナが、

「今『ソー』をお持ちしますね」

 と、部屋を後にする。

「それで? 私が目を覚ますまでの一週間、何も動いていないわけではあるまい?」
「もちろんですとも。家康めを倒した事で、周囲から化け物が消え去りました。そこで、村人にお願いして他の村の者達をこの場所へと集めてもらっています」
「……それは、信長公に対する軍勢とする為か?」
「左様。……時間はありませんが、この村を中心に総構えとし、篭城戦を行おうかと」
「援軍の見込めぬ篭城は成功した試しがないと聞く」
「それは……」
「そもそも、我々の一揆も最後は籠城戦であったではないか」

 そこまで言うと、右衛門作が黙ってしまい。

「『ソー』をお持ちしました……あれ? 何かあったのですか?」

 『ソー』を持って来た、セレナに心配をさせてしまった。

「いや、何でもない。いただこう」

 そう言って『ソー』を受け取り、口にして。
 そう言えば、夢で見た者達は皆笑顔で『ソー』をすすっていたな……と思い出した時。
 ふと、ある可能性を思いつく。
 それは、絵に描いた餅かもしれない。
 成功する、一切の保証もない。
 だが、成功しさえすれば、あの信長公の鼻すら圧し折る、奇策も奇策になり得るのではないか?

「右衛門作!」
「は、はい」
「先ほどは済まぬ! 腹が減り、気が立っていた」
「いえ、私は気にしていませぬが……」
「私の話を聞いて欲しい。一つ、思いついた事がある」

 そう言って右衛門作だけではなく、セレナ、メリに私の考えを話したところ……。

「可能……かもしれませぬ」
「出来たらすげぇぜ!?」
「でも、もし出来たら凄く夢がある事ですわね!」
「試してみる価値はあると思うが……どうだろう?」
「やりましょう。元より、勝ち目の薄い篭城に頼る始末だったわけです。ならば四郎様に賭けた方が良い」
「賛成だぜ兄ちゃん! そんなの考え付くのも、出来るのも兄ちゃんしか居ねぇしよ!」
「私は、どこまでも四郎さまについて行きます!!」

 という反応が返って来た。
 ならばもう迷わない。 私に出来る、その全てを全力で行うだけだ。

「……約束の期限だが」

 一月ほど前、私達の前から消えた信長公は、その時と同じようにいきなり現れて。

「随分と集めたものだ」

 その時よりもはるかに大きくなった村、そして、多くなった村人たちを見渡して一言。

「二万……いや、三万か。これら全てを軍勢としてよいのだな?」
「無論。我々はここに居る全員を軍勢とし、貴方へと立ち向かう」

 確認の為に尋ねた信長公を、真っ直ぐに見返しながら答え。

「よかろう。この第六天魔王信長、神の分体へ宣戦布告を致す」
「露草四郎時貞、その宣戦布告――一切を受け入れない!!」
「なっ!?」

 信長公の宣言を、笑って無視。
 思いもよらない答えに戸惑う信長公を余所に、

「『奇跡よ!! 我ら軍勢を、新たな安寧の地へと誘い給え!!』」

 私は、全力を持って『奇跡』を発動。
 これが、私が右衛門作たちに話した可能性の中身。
 信長公との約束の期間一杯を使い、この世界にいる可能な限りの者達に声をかけ、一か所に集め。
 それらを軍勢とし、軍勢ごとの、『奇跡』による新たな地への転移。
 太閤殿が私を呼びだしたように、別の地からこの地へと呼びだすことが出来るなら。
 この地から、別の地への移動も可能なはず。
 もちろんそれに、どれほどの『奇跡』が必要かも分からない。
 この地で集めた全員の転移など、私の体が持たないかもしれない。
 だが、それでも! それでも、一人でも多くを引き連れ、新たな……安寧の地へと導きたかった。
 セレナの村、メリの村。この地に来て、私が訪れた全ての村から、さらに先の村までも。
 等しく光の使者の伝説の残る村の住人たちを、集めに集めその数三万。
 これら全てを、新たなる地へ……。

「クェーーーッ!!」

 身体全体、どころか、周囲一帯をまばゆい光が包み込み。
 光に包まれ、視界が白に塗りつぶされる直前。
 どこかで聞いた、鳥の声が響いたような気がした。

「……ふ。フハハハハハハ!! 是非も無し。まさか、戦うことなくこの場から去る、か」

 ようやく、秀吉と家康を倒した者と相見えると思ったが、そいつはその直前に姿を消した。
 逃亡とは思わぬぞ? 勝てぬ戦に姿を晒す道理は無いからな。

「勝負が無く、余だけがこの地に残された、か」

 勝ちも無く、負けも無い。ただ勝負すらされなかった存在だけが残る世界。
 ……なんとも虚しいものよ。

「……」
「四郎さま!!」

 ……物凄く既視感のある光景だ。
 セレナが私の顔を覗き込んでおり、私が目を開いたら叫ぶ。
 それに反応し、右衛門作とメリも顔を覗き込んできて……。

「今度はどれほどだ?」
「?」
「三週間ほどでございますな」

 私の問いに、メリは理解が出来なかったようだが、右衛門作は理解してくれたらしい。
 三週間……長い眠りだった。

「無事に新たな地へと来られたか?」
「ええ、誰一人欠ける事無く」
「凄いんだぜ! 川は奇麗で緑がたくさん!! 植物は襲って来ないし、木の実なんて甘くてうめぇんだ!!」
「四郎さまが目を覚ますまで、『ソー』にも改良を加えたんですよ? より美味しくなるようにって」

 そうセレナに言われると、思い出したように腹がなった。

「ふふ、腕によりをかけて来ますね」

 と言って出て行ったセレナの背中を見送った時。
 寝ている間に見た夢を思い出した。

「右衛門作」
「なんでしょう?」
「面白い夢を見たぞ」
「どのような夢かお聞きしても?」
「夢ではな、皆笑顔で『ソー』をすすっているのだ」
「……今この世界がそうなっておりますぞ」

 右衛門作に言われるが、そうではないと首を振る。

「笑顔で、皆で輪になり、談笑しながら『ソー』を食べている」
「ですからそれは――」
「聞け。面白いのはここからだ」

 そう言って右衛門作を黙らせて、私は夢の続きを話す。

「その『ソー』には名前が付いていてな」
「名前……ですか? 『ソー』ではなく?」
「そう、違うのだ。『ソー』そのものに名前が付けられているのだ」
「何というお名前でしょうか?」
「ふふ、聞いて驚くな? なんと、私の名前が名付けられていた」

 私がそう言うと、右衛門作は驚いたように目を丸くし。
 丁度、セレナが『ソー』を持って来てくれて……。

「『ソー』を……あれ? 何かあったのですか?」

 これまた既視感のある言葉が……。

「セレナも聞いてくれ。私が眠っていた時に見た夢の話を」
「是非お願いします!」

 そうして、『ソー』をすすりながら、右衛門作に話した内容と同じ話をしてやれば。

「ふふ、なんだか素敵ですね!」
「そ、そうかぁ?」
「あらメリ、そうは思わないの?」
「だって、食べるものに人の名前を付けてるっていうのはなぁ……」
「メリ、考え方を変えるのだ。私の名が付いた食べ物を食べ、皆が笑顔になっているのだぞ?」
「……そう考えたら悪くないか」

 というやり取りをしていたら。

「光の使者様が目を覚ましたってのは本当か!!?」

 私が寝ている部屋の障子が勢いよく開け放たれ。
 中を覗き込もうとする何人もの村人の姿が。

「目を覚ましたのなら教えてくだせぇ! こちとら、いつでも宴の準備が出来てるってのによ!」
「そうだそうだ! 綺麗な水! 豊かな大地!! こんな世界に運んでくれた光の使者様は、もてなさなきゃ罰が当たるぜ!!」

 そうだそうだという掛け声が、段々と広がり大きくなって。

「行かぬわけにはいきませぬな」

 ため息をつく右衛門作の肩を借り。

「あ、わ、私も!」
「手伝うぜ、兄ちゃん!!」

 右衛門作と反対の肩をセレナが。
 歩く私をメリが押し、建物から顔を出すと、村人たちからの大喝采が。
 ただし、そこで私を呼ぶ声に、私の名前は無く。
 皆が皆光の使者だと呼んでいる。
 全く……。

「聞けっ!!」

 私の一言でシンと静まり返った村に。

「私は光の使者という名前ではない!」

 私の……私だけの声が響く。

「私の名は――」

 思えば長かった。
 一揆を起こし、篭城し、あの地へと呼ばれ。

「私の名は――」

 呼ばれた地で、太閤殿と戦い、家康を打倒し。
 そして、ようやく、ようやく。

「私の名は――『露草四郎』である!!」

 安寧の地を……手に入れることが出来た。

魅力的なBGMが、ここに。

BGM

OPENING THEME

READING IMAGE

BOSS BATTLE IMAGE

EST 3M

制作に関わった皆様より。

NOTE

coming soon

 

どうも「露草四朗」BGM作曲者の塩生です。

 

まず、お伝えしたい事が2つほど

 

1つは私、塩生康範は過去に

スーパーファミコン用ゲームソフト「エストポリス伝記Ⅰ、Ⅱ」

の曲を書いていたと言う事。(エストⅠが1993年、Ⅱが1995年に発売)

 

2つめは、今回ご依頼を下さった「(同)銀之霊泉代表社員の永友氏」が

エストポリス伝記シリーズのコアなファンだったと言う事。

 

今回、エスト2の販売から27年の時を経て、永友氏が私に依頼を出され

「露草四朗」のイメージBGMを作曲する事になりました。

 

 

当初はオープニングBGMのみの依頼でしたが、後にバトルBGMも追加され、

こちらは90秒程度でとの依頼でしたので直ぐに仕上げる予定だったのですが・・・。

 

 

マクアケでの応援購入者様に配信するというお話だったので、バトルBGMを先に作曲し始めましたが、ハマるハマる、90秒程度では収まらず結局ほぼほぼ3分の曲になってしまいました。

 

 

以下、個々の曲に対するコメントを書きたいと思います。

 

 

タイトル:オープニング

 

比較的早く出来ました。なぜなら永友氏より

「エストみたいな感じでお願いします」と言われましてw

 

セレナとマキシム!いや、露草四朗の二人のこれからの

未来をイメージして書きました。

 

途中曲がゆっくりとなりギターとバイオリンの所は

永友氏のお亡くなりになった「お爺さま」が大変ギター好きで

戦争で捕虜になったビルマでは自作したギターで仲間たちの

心を癒していたそうで。

「祖父を偲びギターも入れて頂けないでしょうか」との事で

この様な運びと成りました。

 

後半曲の速さが元に戻るとエンディングへと進みます。

二人の明るい未来の幕開けをイメージし楽器全て総動員です!

結構メモリの重い音源を使って重ねてましてw

メモリがパンクしないかと冷や冷やしていましたが

さすが私のPC、涼しい顔で最後まで演奏してくれましたw

最後ももちろんお爺様もギターで参加下さってますよーっ!

(ヘッドホンで聞いても聞こえないかも!)

 

 

タイトル:バトル

 

先にも書きましたが3分ほどのバトル曲になりました。

オープニングではキラキラした露草から滴る水滴をイメージし

これからの戦闘を、中盤の曲調が変わるところは「迷い」を

イメージしています。

 

エンディングは来るべき○○○○との闘いのイメージで

(○の部分は今は言えません!)

書き上げました。

 

ギターとベースがメインで書いてますが今回ドラムは使用せず

シネマティック音源(映画などで使われるリズムパターン)を

使い闘いの緊張感を表してみました。

 

仮の曲まではスムーズに仕上がりましたが肉付けに苦労しました。

○○○○との闘いをイメージして○風に仕上げたかったのですが

異世界をモチーフに最後まで一気に仕上げた結果こう言う曲調に

なった次第です。

 

今回「露草四朗」の作品に少しでもお手伝い出来た事

大変嬉しく思います。

 

そして過去に別々の道を歩いていた者同士が「エストポリス伝記」

と言う作品のお陰で出会え、また新しい作品が生まれました。

 

永友氏に感謝です。

そして支援頂いた皆様に感謝です。

 

そしてこれからも「露草四朗」を宜しくお願い致します。

皆さん!「にゅうめん」美味しかったですか?

このライナーノーツを書いてる段階で私はまだ食べておりませんw

塩生康範

comingsoon

Get In Touch

Contact

田舎の小さな会社から、

みなさんに「おいしい」をとどけたい。

銀之霊泉 志磨屋

Contact Information

E-mail

bonn3684@gmail.com

Tel

0957-85-2939

Company

長崎県南島原市南有馬町戊61-1

Follow us

OPENING THEME